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9

「……」

 ここで一人蹲っていたところで何も変わらない。
結局、無断外泊の上今日は普通に授業があるのにさぼってしまった。時間割を思い出して顔を顰める。教頭の授業を無断欠席してしまった。始末書ときつい嫌味がくるんだろうなと思うと気が重い。始末書に、なんて書けばいいんだろう。苦笑して、落ちてきた前髪を掻き上げる。
ベッドから脚を下ろして立ち上がると、腰に痛みが走ったけれど耐えられないほどではない。
 部屋を見回してみれば、応接セットのテーブルの上に無造作に見慣れない袋が目に入った。アーケードにあった服飾店のロゴが入ったそれは、このホテルに来た時にはなかったものだ。手に取って開けてみれば、タグこそ外されているものの新品の黒いシャツが入っていた。昨夜脱ぎ捨てた記憶がある服は、適当にたたまれてジャケットはハンガーに掛けられているけれど脱いだ記憶のないシャツだけは見当たらない。見つかっても、着れる状態じゃないだろうと思って、顔が熱くなった。
 ピアスは回収していったくせに、と呟いて髪を掻き上げる。唇には苦笑。
 いつも義母と義妹が選んでくれる服や、昨日タイムス百貨店で買った服より大人びた印象のそれを羽織りボタンを閉じていく。
 身支度を整えて、荷物を纏めて一人部屋を出た。



 考えてみれば、トールズ士官学院に入学して以来。もう馴染んだ学内やトリスタの街以外でこうして一人で出歩くこともなかったんだなと気づかされる。誰かが一緒にいることに、ほんの数か月で慣れてしまっていた。
 だから、だろうか。
 昨日一日色々と歩き回ったはずのミシュラムも、クロスベルの街も、一人で歩くとひどく心もとなくさみしく感じるんだと。
 帰ろう、と考えて足を止める。どこへ、帰ればいいんだろう。
 トールズのⅦ組と第三寮が脳裏に浮かんだけれど。クロウは、今どこにいるのか。何をしようとしているのか。
 正体を知った俺を、何故放置しているんだろう。
 思考を巡らしてみても、答えにはいきつけそうになくて。一人嘆息する。
 立ち止まったままだと他の客の迷惑にもなるかと周りを見回して、目についた店に入った。昨日も、クロウと一緒に来た宝石店。

「いらっしゃいませ」

 昨日、接客してくれた店員の笑顔に、会釈する。無意識に指が右の耳朶に触れていた。
 一日だけ、そこにあった感触がなくて。

「すいません、ピアス見せてもらっていいですか?」
「はい、ただいまお持ちいたしますね」

 何があったかとか、そういうプライベートな事は聞かれない他人行儀な距離感が、意外と心地いいものだとも思う。あくまで客として接されることも、考えてみればずいぶんと久しい気がする。トリスタの店は通いすぎて顔も名前も嗜好まで覚えられてしまっているし。
 店員が揃えてくれたピアスをざっと見る。
 無意識に蒼耀石を探して、けれどあの色のものは見つからなくて内心で溜息を吐いた。どれだけ、未練がましいのか。
 どうせ未練を残すなら、と。昨日買ったものと同じリングピアスを手に取った。

「これお願いします、包装はなしで」

 受け取ったピアスを、閉じかけているピアスホールに捩じ込んだ。クロウがまだ身に着けている確証もない。もうすでに捨ててしまっていてもおかしくはないのに。同じものを身に着けていたいなんてどれだけ女々しいのかと自嘲する。
 あの店員にはどう思われただろうかと考えて、この店にまたくることはないだろうと目を伏せる。脳裏に浮かんだ旅の恥はかき捨てという言葉に苦笑した。自分で自分に定めるべきところから、思っていた以上に逸脱している。
 それでも。



 桟橋で待つ間、不思議といくつかの視線を感じた。クロウやユーシスと違って中庸で目立たない自分の容姿を自覚はあるから、見られる理由も思いつかない。保養地であり観光地でもあるミシュラムで観光客は珍しくもないだろう。まぁ男一人であからさまにテーマパーク帰り、しかも右耳ピアスだと悪目立ちしても仕方がないかと自嘲する。
 傍から見れば彼女とデートしていて振られた男、だろうか。そんな色っぽいものでもないけれど状況としては大差ないのかもしれない。確かに、逃げられたのだから。ただ何故か相手がクロウだったっていうだけで。
 嘆息すれば、ふと興味本位の視線以外の気配を感じて目を細めた。
遠く、女性の悲鳴が上がった。

「……魔獣、だな」

 どうするべきか考えるまでもなく、自然に体は動いていた。声と気配のする方へ向かって走る。無意識に左の腰に伸ばした手が空を切って愛用の太刀《風切》は、寮の自室に置いてきたままだということを思い出して拳を握った。武器がないならないなりの戦い方も、老師に叩き込まれている。大丈夫、やれるはずだと騒ぎの中心へと意識を向ける。
 テーマパーク前の広場。鳥型の魔獣の姿を認めて荷物を道の脇に置く。
着ぐるみのみっしぃをはじめテーマパークの従業員たちがきっちりと客を避難誘導しているおかげか、怪我人らしき姿は見当たらないことに安堵する。――妙に、従業員が誘導に手馴れている気がしたけれど。観光客や従業員が遠巻きに魔獣を見守る中、すぅ、と息を整えて魔獣の前に立つ。帝国では見たことのない魔獣が、二匹。八葉一刀流八の型《無手》の構えを取り鳥型魔獣を見据えた。

「――参る」

 エマやマキアスと違って、あまり頭の出来はいい方じゃないんだ。得意ではないのにここの所いろいろ考えることが多すぎた。思いきり体を動かせばその鬱憤も発散させられるかと思えば、自然と口元に笑みが浮かぶ。そういえば昨夜も今朝も、それどころじゃなかったとはいえ、習慣にしていた鍛練をさぼってしまっていたからここで魔獣を倒せば一石二鳥。
 丁寧に敷き詰められた石畳を蹴って、距離を詰めた魔獣へと手刀を振り下ろす。色鮮やかな羽毛が散って肉に手が沈む感触に、目を細めた。数こそ多いけれど、手刀による攻撃は通っているようだ。これならば太刀なしでもなんとかやれるかと笑えば、もう一体の鳥がふわりと青白い光に包まれた。導力魔法まで使ってくるのかと内心で舌打ちして、駆動準備に入った魔獣を蹴り飛ばす。ポーチにしまったままのARCUSが帯びたかすかな光が、魔獣の青白い光に触れたかと思うと相殺するようにどちらの光も弾けて消える。仰け反った魔獣の導力魔法の駆動が解除されたことを確認する。
 仲間でも呼ばれたら厄介だ。衆人環視の中、あの力を使って見せるわけにもいかないだろう。それに観光客が訪れるテーマパークで魔獣をミンチにするのもどうかと魔獣を見下ろせば、怯えたように逃げ出した。
 大人しく棲家へと帰ってくれるのなら、それに越したことはない。

「ありがとうみししっ!」

 ふぅと息を吐いて構えを解けば、きぐるみが裏声でお礼を言ってきた。ただでさえ悪目立ちしていた自覚はあったのに、それ以上に自分から目立つような行動をしてしまったことにようやく気付く。

「いえ、出過ぎた真似をしてすいませんでした」

 帝国であれば鉄道憲兵隊や領邦軍が動く場面だろうか。クロスベルなら遊撃士か、特務支援課か。彼らに頼めばそれで済むところを、個人的鬱憤晴らしに利用させてもらったのはこちらの都合だ。お礼をとか偉い人が出てくる前にさっさと荷物を回収して桟橋へと走った。
 お世話になった支援課や、遊撃士協会に顔を出そうかとも考えたけれど、時間的な余裕はないだろう。今日の授業に間に合うかどうか。水上バスを降りて港湾区から東通りを抜け駅前大通りを走り、駅へと向かう。それとも空港から飛行艇に乗って帝都まで飛んだ方が早いんだろうか。
 少し迷って、鉄道で帰ることにした。特別実習で帝国各地へ出向いたから慣れているのもあるし、少し落ち着いて考えを纏めるには車窓の景色の方が向いていそうな気がする。



 駅を出たのは正午を過ぎていた。いつもならば授業を受けている筈の時間のトリスタの街を、この時間に歩く罪悪感。結局、列車の中でも考えは纏まらず、漫然と帰ってきてしまった。とりあえず第三学生寮の自室に戻った。シャロンさんの姿も気配もないのは、寮外で用事をしているんだろうか。彼女がいなければ、あとは誰もいないはずだ。
 それでも息を飲んで、気配を探ってしまうのは後ろめたさのせいだろう。
 階段を上って、二階の自室のドアを開けて荷物を置いた。ジャケットとシャツを脱いで制服に着替え、教科書とノートと辞書を鞄に放り込んで部屋を出て。視界に入ったドアに、足を止める。
 俺の部屋の向かいの――クロウの部屋の、扉。

「……っ」

 帰って、来ているんだろうか。クロウは。
 それならいい、とどこかで思っているけれど。並行してどうすればいいのかわからなくなる。帝国に住む人間として、士官学院の生徒として、特科クラスⅦ組の人間として本来するべき行動は、わかりきっているはずだ。
 教官と軍――クレア大尉かミリアムあたりにでも、《C》の正体を告げてテロなんてやめさせるべきだろう。正しさとしては、それが一番正解だと、わかっている。
 けれどその選択肢を選んでない時点で俺は、多分。

「……?」

 ふと、空気が揺れた気がした。気配というほど明確ではない――むしろ。
 わざと気配を消しているような、不自然さ。そんな真似をしそうな心当たりは数人しかいない。複数思い当たる時点で自分の交友関係はどこかおかしいのかもしれないと思いつつ、恐る恐る目の前のドアをノックする。

「クロウ、いるのか?」

 思っていたよりも、何気ないように普通に名を呼べたことに安堵する。けれど、案の定誰かさんの返事はない。
 目を伏せて、ゆっくりと息を吐く。
 クロウがいるのかいないのか。いたとして、何を言うつもりなんだ? 俺は。
 帰ってくる間もずっと、考えていたはずなのに。
 衝動的に、その扉を開いていた。



「――っ!」

 息が、止まる――止められ、る。

「なんで、帰ってきた?」

 それは、こちらのセリフだ、と睨み付ければ。更に強く、気管が圧迫された。クロウに首を絞められるのは、二度目だけれど。前みたいに『落とす』目的ではないらしい。酸欠に視界が白むけれど、落ちるあの感覚はない。自分の鼓動が、煩い。
 問われたところで、答えようもないじゃないか。クロウの手が、首にかかっていて。壁にぶつけられた背中が、じくりと痛みを訴えている。

「せっかく逃がしてやったのに、自分で選択肢を狭めやがって」

 見下ろした視線の先で、朱い目を眇めて笑う。
 いや、笑みの形をした何か、だ。
 威嚇、という単語が脳裏に浮かんだ。

「……お前が選べる選択肢は二つ。このまま俺にここで殺されるか」

 不意に、物理的に止められていた呼吸が戻った。ずるずると壁を滑ってへたり込んでしまう。
気管を押し広げて急に肺に入ってきた新鮮な空気に噎せた自分の咳のせいで、クロウが示した二つ目の選択肢を聞き損ねたなと笑う。

「……ばか、じゃないのか」

 絞められて噎せたからか、ひどく嗄れて震える声に自嘲が浮かぶ。殺すなら、さっさと殺せばいいじゃないか。息を止めるんじゃなく、頚骨を折るだけで即死は免れないのに何故そうしないのか。帝都でも、ミシュラムでも。つい今しがたも。

「そのざまでよく言うな」
「……っぐ、ぁ」

 右肩に走った痛みに、呻く。ブーツに踏みつけられたのだと理解するのが一瞬遅れた。滲む視界の中、クロウを睨み上げる。

「本当は、お前にとって選択肢なんてどうだっていいんだ」
「へぇ?」

 容赦なく、捩じられる肩の痛みを意識の外へと追いやる。壊されたとしてもいい、と思えた。まだ整いきらない息も、意識してゆっくりと吐き出す。

「だってお前、右手にも左手にもコイン持ってなかっただろ」

 与えられた選択肢に、正解なんてないときだってある。正答はその出題者とその意図によって、いつだって変わる。
特にこの男の場合。
 ひねくれ過ぎていて俺なんかじゃ読み解くこともできないけれど。

「俺だってできれば痛い目に合いたくないし、死にたくないけどな」
「その割には生き急いでるだろ、おまえ」
「その言葉そっくりそのままおまえに返すよ、クロウ」

 自分の道が見つからなくて迷っている俺と違って、クロウには明確な意思と目標があるんだろう。正反対で、理解なんて及ばないのに。

「言っても信じないだろうけど、お前のことを軍や学校に知らせて捕まえさせるつもりはないんだ」
「まぁ信用しねえよな普通は」

 肩に感じていた圧迫感が離れた。足を、退けたんだろう。
 お前が普通じゃないことは、知ってる。散々、思い知らされた。

「で? 何をするつもりなんだ?」
「簡単なことだ――お前が俺のものになればいい」

 口にしてみて、クロウを見て。そして俺は多分、言葉の選び方を間違えたことに気付いた。
 一瞬呆気にとられたような顔をして、それから。
 お調子者の仮面をかぶっているこの男の、本気で爆笑する姿というのは結構貴重なものかもしれないけれど。

「言い間違えた、俺がお前を捕まえればいい、って言おうと思ったんだが」

 訂正しようと試みてみても、案外、その意味は変わらない気がした。それにしたって、泣くほど笑うことないだろ、クロウ。
 帰ってきてほんの短期間でぼろぼろになった制服のジャケットを払いながら、嘆息する。

「お前が俺をねぇ」
「できないと思ってるのか?」
「そもそもお前にメリットなにもないだろ、それ。普通なら殺されかけた相手くらい警察にでも突き出せばおしまい、だ」
「突き出されたいのか? クロウは」
「それは勘弁してほしいけどな」

 帝都やガレリア要塞での帝国解放戦線の行動を考えれば、捕まれば死刑は免れないだろう。皇族まで人質にしたんだ。こうして話していれば、肩を竦める様もいつものクロウ・アームブラストに見えるのに。
見せている面だけがすべてじゃないんだと知っている。

「なら突き出さないさ」
「だからな……なんでそうなるんだ? さっぱりわからねえんだよ」
「無駄に頭いいくせに」

 俺からすれば、クロウの思考回路の方がよっぽど理解不能なんだが。半眼で見据えて、ゆっくりと息を吐いた。

「なら、お前が示せばいい」
「は?」
「俺がお前を捕まえて殺させないうえでの、お前の価値を見せろ」
「……ちょっと待て、なんでそうなるんだ、意味わからん」

 そう苦笑する双眸に、殺気は見当たらない。この男のことだから殺気も気配も見せずに俺を殺すこともできるだろうけれど。

「まぁそうだな。『試し』経験者としておまえに課せられるだろう『試し』に付き合ってやることくらいはできるか」

 そう、律儀に返されることは予想していなかった。

「多少は心強いんじゃねえ? 俺んとききつかったし」
「それこそ、お前になんの見返りもないじゃないか」
「死ななきゃ安い。あとおまけにこいつもつけてやる」

そういってクロウは制服のポケットから、蒼耀石のピアスを取り出した。

「……っ返せ!」
「あのな、これは元々俺のもんだ」

形のいい唇に、ゆるりと笑みが浮かぶ。

「口止め料代わりにやってもいい」

 ただし、と告げられるのを、茫然と見上げる。

「全部終わったら、な」
「その間そのピアスが人質か」
「……そんなに欲しいのか? これ」

 問われて素直に頷く。
 多分、クロウに言っても理解されないだろう。俺自身だって、よくわかってはいないんだから。
 多分、クロウがくれたから、だ。それだけでただのピアスでも、執着する対象になったんだと思う。

「……ほんとお前の趣味がわからん」

ピアスは、再びクロウの制服のポケットに戻されてしまう。

「……そんな、餌取られた犬みたいな顔すんなって。俺がいじめてるみたいな気分になるだろうが」
「また犬扱いか」

 そんなに物欲しそうに見えたんだろうか。

「お前が犬っぽいのが悪い……ああ、それと悪いが、お前に対する監視は強化させてもらう」
「それもお前がⅦ組に編入した目的の一つなんだろ、別にかまわないさ」

 見られて困るような生活を送っているつもりはないし、知った情報を売る気もない。テロで人が死ぬのもみたくないし、この男が人を殺すのも嫌だ。
 やるべきことを、するべきだとわかってはいるけれど。やりたくないことをやらなくて済むように行動することは逃げなんだろうか。学院や帝国に対する裏切りであることは、自覚している。
 それでも。

「ほんと……お前、なぁ」

 呆れたように目を細めて。
 伸ばされた手が、俺の首に触れた。さっきみたいに締め上げるのではなく、するりと滑ったそれにぞくりとくる。

「あーあ。指型残っちまった」
「クロウ……?」

 多分、さっき絞められたときの痕だろう。あれだけされれば内出血の跡が残ったって不思議はない。

「折角痕つけるの我慢してたのに、結局こんなのばっかり残るもんなんだな」
「そうか? 俺はクロウがくれるものならなんだって嬉しいけど」

 口にしてみて、これじゃあまるでもっと欲しいと言っているみたいで傲慢で欲深すぎたかと後悔する。見上げた視線の先で、クロウが目を眇めた。

「お前、なぁ」
「うん?」

 吐かれた溜息はずいぶん長く重い。
 呆れられたと目を閉じれば右の耳元に吐息が触れた。

「……クロ、ウ? ……っ、ぁ……っ」

 ぬるりと生暖かい感触が、喉に触れる。
 舐めあげられて、昨夜のことが脳裏に浮かんで上がりかけた声は、クロウの掌の中に消えた。喉元に食いつかれる痛みも、肌を吸われるちりりとしたむず痒いような感覚も。全部。
 口を塞がれて声に出せず、留められた感覚に耐えようと目の前の体に縋りつく。遠慮なんかしてやらない。思いきり爪を立てて。
 昨夜つけた傷を、思いきり抉ってやる。
 確かにクロウの言うとおりなんだろう。こうして傷つけあって痕をを残し合うくらいのが俺たちらしいのかもしれない。
 散々首を舐められて、ようやく解放されて息を吐く。

「……どうするんだよ、学校」
「ああ、とっくに病欠届けだしてあるから安心しな。無断欠席扱いにはなってねえよ」

 それは正直助かったと思いながら罪悪感も拭いきれないけれど。

「書類の偽造は得意だ」
「自慢することじゃないだろ、それ……」

 考えてみれば、この男がケルディックでの市のもめ事の原因の一つだったことに思い至る。あれの場合は偽造というよりも本物を二枚用意したんだろうけれど。アルバレアの公式文書でできるんだから学院の病欠届けくらいは簡単なのかもしれない、この男にとっては。規律に縛られている筈の学院で、どれだけの自由を得ているんだか。

「今のお前を一人でふらふら出歩かせるわけにもいかねえしな」
「ああ、そういや監視を強めるっていってたな」

 そういうことなら仕方がないのか、と納得する。クロウが苦笑した気がした。

「休んでいいなら寝る。クロウ、ベッド借りるぞ」
「おい、なんでこっちなんだ」

 暗に自室で寝ろと言われて目を眇める。

「監視、強めるんだろ? それに俺は病欠なんだから看病のためだとでも言い訳するのも得意だろ、お前」

 告げて、そのままベッドに上り込んで布団を被る。いろいろ考えて疲れてたんだろう、睡魔は思っていたよりもずいぶんと早く迎えに来た。


 9月19日。自由行動日でいつものように学院内や街や旧校舎を走り回ったあと、トワ会長にもらった『ヒント』を自室で眺めていたら、窓から見慣れた影が自室に侵入してきた。
 最初こそ人並みに驚いたものの、すでに慣れてしまった。

「クロウ、靴のままベッドに乗るなって」
「いいじゃねえか別に」
「よくないから、それ俺のベッドだ」

 半眼でねめつければ、悪びれる様子もなく笑う。

「トワからもらったのか? それ」
「ああ、どうせ見てたんだろどこかから」

 監視を強める、といったのは本当だった。あれから俺の行動はほとんどクロウに筒抜けだ。どうやってるのかは教えてくれないけれど。

「ご感想は」

 紅い視線から、目を逸らす。

「よかっただろ? トワの衣装」
「……おまえ、なぁ」

 確かに大胆な衣装だったとは思うけれど。
 それよりも。

「クロウのくせにかっこよくてむかついた」
「……どういう意味だ?」

 導力ベースを手に演奏していた姿が様になっていて。無意識にクロウばかりを目で追っていたことが悔しい。

「なぁクロウ、ろっくってどういう意味なんだ?」
「あー、それな。知りたいか?」

 浮かべた笑みは、あまり性質がよろしくない。

「いや、いい。どうせろくでもない意味なんだろ。お前のその顔見ればわかる」
「まぁ元はスラングだしな。馬鹿騒ぎとか、性交とかそういう意味の」

 だから、ああいう衣装だったんだろうか。

「……お前な、トワ会長やアンゼリカ先輩やジョルジュ先輩はそれ知ってるのか?」
「ゼリカあたりは知ってそうだけどな。トワは知らねえだろ」

 だろうな、と思う。そしてそれを知っていてやらせるあたり、やはりこの男はろくでもないんだろう。

「ああ、あとは――反体制、だな」
「……へぇ?」

 それをこの男が、この学院の学院祭で演奏したということに、どういう意味と意図があったんだか。

「きなくさいな」
「若者らしい反骨精神だろ?」

 口端を吊り上げて目を細める。

「お前ってむしろ反体制と逆の立場なんじゃないのか?」
「いろいろあんだよ。こっちにも」

 世界は、単純にしろとくろに分かれているわけじゃないんだろう。
 クロウの正体は知っても、クロウの事情は知らされてないから。それがほんの少しだけ、面白くない。かといって気軽に聞けるはずもない。
 あれだけのことをやるだけの、何か。

「……さっさと俺に捕まえられればいいんだ、お前なんか」

 そうすれば、聞き出す権利が手に入るんだろうか。そう思いながら。
pixiv [2014年1月24日]
© 2014 水瀬
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開設:2014/02/13
移転:2017/06/17
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