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10
「なぁクロウ」
組んだブレードのデッキを繰りながら、夕陽に紅く染まった銀髪を見下ろす。Ⅶ組の教室の窓際のクロウの席。
「なんだ?」
「これってお前が広めたんだよな?」
ミュヒトで手に入れたカードゲームのデッキは、特別実習に向かい列車内の時間つぶしやⅦ組の面々との交流にずいぶんと役立ってくれたけれど。
「なぁこの札の絵柄って、なんで俺たちの武器なんだ?」
「なんだ不満か? それとも権利料でも要求するか?」
「お前じゃないからな。しないよそんなこと」
「くっそ、これだから貴族ってやつは」
「今の話に別に貴族は関係ないだろ」
騎士剣はともかく太刀や魔導杖や双銃剣なんてそれほど帝国内でも知られているものでもない。それは士官学院においても、だ。
貴族生徒の多くはユーシスのような宮廷剣術や、ラウラのアルゼイド流かヴァンタール流の剣、平民生徒はマキアスやクロウみたいに導力銃を選んだ者も多いだろうけれど。
「知りたいのか?」
「なんとなく前から気になってたからさ」
本当にただの純粋な疑問だ。
「まぁ、お前らの武器って個性的で数も丁度あってたしな」
さらりと明かされた理由に、目を細める。
「そんな単純な理由なのか?」
この男だけは、信用ならない。
「それでわざわざ俺たちの武器を意匠化してカードを刷って配るのか?」
「まぁ、ここまで広まるとは思ってなかったけどな。学院の奴らの意識をお前たちに向けさせておきたかったってのもある」
お前らただでさえ目立つし、と笑われて、カードを一枚捲った。
「お前にとって俺って雷扱いなのか?」
数字ではない効果を持つカードの一枚は、湾曲した東洋の刀剣。一応八葉の技は一通り老師に仕込まれてはいるけれど、性に合うのはどちらかといえば焔系の型で、あまり雷系にはなじみがない。
「それとも太刀と魔導杖のカードだけ効果つきなことの方が意味がある? お前って委員長のこと委員長ちゃんとか呼ぶしな」
「それに関しては黙秘権を行使する」
冗談っぽく拒否されてしまう。
「黙秘の理由は?」
「先が全部わかるのはつまらんだろうが」
「そうか?」
「伏せたカードの目が分かってちゃゲームは成り立たねえよ」
「なんていうか、おまえには全部見えてるんじゃないかって気もするけど」
そしてその遊戯板の上の駒の一つに、俺や俺たちⅦ組の存在も、組み込まれているんだろう。去年のARCUSとⅦ組の試験運用からか。それとも俺たちがケルディックでの工作を阻止した頃から変わったのか。
「ほんとにそうなら、どれだけ楽だろうな」
歪められた唇に浮かぶのは、苦い笑み。
そんなにつらいのなら、やめてしまえというべきなんだろうか。それでやめるような男じゃないことも、わかっているけれど。
きっと賭けることも、賭けなければ手に入らないことも。ゲーム自体も。
「なぁクロウ……ギデオンのこと、考えてるのか?」
そもそもここでこうしてブレード勝負をすることになった発端は、この男がガラにもなく『おセンチな気分』とやらに浸っていたのを見咎めたからだ。山からカードを一枚引いて机に並べる。自分で思っているよりもずっと、指先に馴染んでいるカードの感触。
「それとも――お前が『助けられなかった』誰か、か」
引いたカードは3。クロウの先攻だ。
「なんでそう思うんだ?」
見た目よりずっと器用な指先がカードを選ぶのを、無意識に目で追ってしまう。
「中間テストのとき、お前が教えてくれただろ。心肺蘇生法」
確かにここは士官学校だけれど、卒業生で軍に入るのが四割という時点で特殊な環境だ。確かに試験範囲には含まれていても。
「お前が俺に教える内容にあれを選んだのは、お前が誰かを救いたかったんじゃないかって」
男だとか女だとかで躊躇って、誰かを失ったんじゃないかって。邪推もいいところだという自覚はある。
「夏至祭のときだって、お前は幹部と俺たちと、エリゼとアルフィン皇女を誰も犠牲にしたくなくて、俺たちを挑発したんだろ」
「お前な、どれだけオレに夢見てるんだ? オレはおまえの大切な妹や皇族にまで手をかけた重罪人のテロリストなんだが」
「帝国――革新派から見れば、な。とってくる手段もろくでもなく性質が悪いし」
正しいことをしている、とは言えないだろう。
税の引き上げに加担しているかと思えば共和国との戦線を開こうとしたり、列車砲を占拠したり。
「貴族派から見ても相当性質悪いんじゃねえ?」
まるで他人事のように言ってのけるのはどんな気分なんだろう。
「貴族様が得体の知れないテロリストなんか雇って得することなんぞ、汚れ仕事を押し付けることができるくらいだろ」
お前はそれでいいのか、と口には出せずに思う。それでも表情には出ていたらしい。ポーカーフェイスって、どうやれば身に着くんだろうな。
「まぁお互いに利害が噛み合ってる間は利用し合うだけだな」
「利用されるだけ利用されて捨てられても?」
クロウが出したカードに、ミラーを仕掛けて入れ替える。
「それでも、それしか取れる手段がなければ選ぶしかないだろ。――泥水啜ってでもやれることをやるだけだ」
「臥薪嘗胆?」
浮かんだ言葉を口にすれば、クロウは口端を吊り上げた。
笑っている筈なのに。表情としては笑みの類だと思うのに。カードから手を離してそっと目の前の顔に触れてみる。
「……何の真似だ」
触れさせることを許しているくせに。形のいい眉が顰められるのを見下ろすのは嫌いじゃない。軽薄に笑って見せるより、ずっと近く感じるから。
頬を撫でて、唇に指を滑らせる。思っているより滑らかで柔らかいそれに、笑う。
「おい?」
「クロウ」
囁いて、そっと唇を啄んだ。
「お前な……どういうつもりだ?」
「苦いのかなって思って」
ぺろりと舐めあげてやれば、朱い眸が細められる。
「……手札見せてみろ」
「伏せたカードの目がわかっちゃゲームにならないんじゃなかったか?」
半眼で見下ろして、それでも手に残った三枚のカードを見せてやる。
「――なんでボルトにミラーに7とか……おかしいだろ」
ほいっと机に投げ出されたクロウのカードは、俺にどう足掻いたって勝てない数字で。
「なぁ、前から思ってたけどクロウってすごくカード運悪いんじゃないか?」
「うるせー、お前までゼリカみたいなこと言うなって」
前に子供たち相手にブレード勝負していたときには、あえて負けてやっていたのかと思ったけれど。
チェスのように理詰めで押せるゲームならともかく、純粋に運が絡むと途端にカードの引きやダイスの目が良くない気がする。
最初に会ったときの50ミラコインの手品で手先の器用さは知っている。カードに細工を施しても平然としているだろう精神性も。
ゲームを操って手中に置いておく側に立つこともできる癖に、プレイヤーとして立てばただの一学生に戻ることを楽しんでいるのか。
馬鹿じゃないのか、と脳裏で呟けば、クロウは今度はちゃんと苦笑して見せた。
「手札で勝負するしかねえだろ」
「手札じゃ俺が勝ってたけどな」
「勝負ってのはやってみなきゃわかんねえもんだろ」
「そのカードでどうやって勝負をひっくり返すんだ。言っておくけどイカサマはなしだからな」
「単純にもう一勝負、だな」
「お前なぁ」
勝つまで繰り返せば最後には勝って終わりだろうけれど。それだってただそこで区切っているというだけだろう。
机に広げていたカードを纏めて、慣れた仕草で繰る。
「お前こそ、さっさと勝てば終わりだっただろうが」
「それはまぁ……なんていうか」
クロウの言うおセンチな気分とやらが伝染していたんだろうか。
「底なしのお人よしだと身ぐるみ剥がれて毟り取られるぞ?」
「そんなつもりだろ、クロウは」
見よう見まねでカードをシャッフルしてみるけれど、クロウがやるとディーラーみたいに様になるのに俺だといかにも慣れてない感じにしかならない。
「最初から50ミラ巻き上げられて何度も殺されかけて喰われてんのに」
「50ミラはたしかにまだ返してもらってないけど俺の方が借りは大きいと思っているし、殺されかけたと俺は認識してないし、喰われたって何がだ?」
確かに噛まれた記憶はあるが。普段は開けているボタンを喉元までしめる羽目になった理由を、襟の上からそっと触れる。
「……お前って馬鹿なのか大物なのかわけわかんねえ」
「クロウにだけは言われたくないけどな、それ」
「やっぱりベットありにするか? その方がやる気になんだろ」
「言っておくけどミラは賭けないからな」
「何なら賭けるんだ?」
喉奥で笑って見上げられて、考える。
落としどころとしては昼食か飲み物を奢るあたりだろうけれど。それだとなんとなくつまらなく思えた。
「――秘密の暴露」
「へぇ?」
器用にカードを繰っていた手が一瞬止まる。
「よし、じゃあ買った方が負けた方に一個質問できる権利な。黙秘権はなし。それでいいか?」
「了解だ」
「いっちょもんでやるぜ」
「イカサマはもちろんなしだからな、当たり前だけど」
「当然」
手元の手札に、内心舌うちする。カード運なんて基本的には確率の問題なんだろう。さっきの幸運を使い損ねたうえに、低い数字のカードばかり並んだ光景に内心舌うちした。
それでも手持ちの札で勝負するしかない。
「ずいぶんとしけた面してんな」
「おかげさまで。クロウはずいぶんいいカード引いたみたいだな」
「さぁな。先が見えてちゃ面白くねえだろ。さ、一枚引きな」
山から引いたカードは俺が先攻。思わず眉を顰めれば、お前顔に出過ぎだと笑われた。
「……で、何が聞きたいんです? クロウ先輩。一つだけならどんな質問にでも答えますよ」
「目が座ってんぞリィン後輩」
「何を聞かれるか怯えてるんです」
「そうは見えねえし今更その敬語で話されても慇懃無礼にしか聞こえねえし」
眉尻を下げて肩を竦める大仰な態度が、演技なのか本心なのか。
「質問、んーそうだな。お前はこの学校卒業したらどうするつもりなんだ?」
クロウの口からまともな質問が出てきて、面食らう。けれど、まとも過ぎて応えに困る。
「決まってない、じゃ答えにならないか?」
「もうちょい具体的に」
「そういわれても、授業に特別実習に学院祭でいっぱいいっぱいでさ……」
それに。いつまでこの生活が続くかも、わからないのに。
「ユミルに帰って男爵家を継げばいいんじゃねえの?」
「それは……」
俺なんかが領主を務めることで父さんたちが受けたような中傷をユミルの地自体が受けるのは嫌だ。逃げなのかもしれないけれど。
「じゃあ軍か。領邦軍か正規軍」
まだその可能性の方が、自分の中では確率的には高い気がしている。けれど確実に軍に進みたいというほど積極的には思ってはいない。
「なれるのなら、遊撃士……かな」
「帝国じゃレグラムにしか支部ねえだろ……まぁ、ありえねえ選択肢でもないだろうしお前には向いてるかもな」
どういう意図でそんな質問をしたのかわからず、首を傾げる。
「なんていうか……お前のことだからもっと答えにくいこと聞いてくるのかと思ってた」
「ちょっと待てコラ、お前のオレに対する認識いろいろとおかしいぞ」
「そうか? だってクロウだからな」
「それがおかしいだろって言ってんだよ……まぁいいけどな」
もし、俺が勝てていたら。俺は何を聞いたんだろう。
「もう一勝負やるか?」
「今度はベットなしならやる」
どうにも、欲が絡むと勝負弱くなる気がして。そう提案すればしょうがねえなとクロウが笑った。
「なぁクロウ」
組んだブレードのデッキを繰りながら、夕陽に紅く染まった銀髪を見下ろす。Ⅶ組の教室の窓際のクロウの席。
「なんだ?」
「これってお前が広めたんだよな?」
ミュヒトで手に入れたカードゲームのデッキは、特別実習に向かい列車内の時間つぶしやⅦ組の面々との交流にずいぶんと役立ってくれたけれど。
「なぁこの札の絵柄って、なんで俺たちの武器なんだ?」
「なんだ不満か? それとも権利料でも要求するか?」
「お前じゃないからな。しないよそんなこと」
「くっそ、これだから貴族ってやつは」
「今の話に別に貴族は関係ないだろ」
騎士剣はともかく太刀や魔導杖や双銃剣なんてそれほど帝国内でも知られているものでもない。それは士官学院においても、だ。
貴族生徒の多くはユーシスのような宮廷剣術や、ラウラのアルゼイド流かヴァンタール流の剣、平民生徒はマキアスやクロウみたいに導力銃を選んだ者も多いだろうけれど。
「知りたいのか?」
「なんとなく前から気になってたからさ」
本当にただの純粋な疑問だ。
「まぁ、お前らの武器って個性的で数も丁度あってたしな」
さらりと明かされた理由に、目を細める。
「そんな単純な理由なのか?」
この男だけは、信用ならない。
「それでわざわざ俺たちの武器を意匠化してカードを刷って配るのか?」
「まぁ、ここまで広まるとは思ってなかったけどな。学院の奴らの意識をお前たちに向けさせておきたかったってのもある」
お前らただでさえ目立つし、と笑われて、カードを一枚捲った。
「お前にとって俺って雷扱いなのか?」
数字ではない効果を持つカードの一枚は、湾曲した東洋の刀剣。一応八葉の技は一通り老師に仕込まれてはいるけれど、性に合うのはどちらかといえば焔系の型で、あまり雷系にはなじみがない。
「それとも太刀と魔導杖のカードだけ効果つきなことの方が意味がある? お前って委員長のこと委員長ちゃんとか呼ぶしな」
「それに関しては黙秘権を行使する」
冗談っぽく拒否されてしまう。
「黙秘の理由は?」
「先が全部わかるのはつまらんだろうが」
「そうか?」
「伏せたカードの目が分かってちゃゲームは成り立たねえよ」
「なんていうか、おまえには全部見えてるんじゃないかって気もするけど」
そしてその遊戯板の上の駒の一つに、俺や俺たちⅦ組の存在も、組み込まれているんだろう。去年のARCUSとⅦ組の試験運用からか。それとも俺たちがケルディックでの工作を阻止した頃から変わったのか。
「ほんとにそうなら、どれだけ楽だろうな」
歪められた唇に浮かぶのは、苦い笑み。
そんなにつらいのなら、やめてしまえというべきなんだろうか。それでやめるような男じゃないことも、わかっているけれど。
きっと賭けることも、賭けなければ手に入らないことも。ゲーム自体も。
「なぁクロウ……ギデオンのこと、考えてるのか?」
そもそもここでこうしてブレード勝負をすることになった発端は、この男がガラにもなく『おセンチな気分』とやらに浸っていたのを見咎めたからだ。山からカードを一枚引いて机に並べる。自分で思っているよりもずっと、指先に馴染んでいるカードの感触。
「それとも――お前が『助けられなかった』誰か、か」
引いたカードは3。クロウの先攻だ。
「なんでそう思うんだ?」
見た目よりずっと器用な指先がカードを選ぶのを、無意識に目で追ってしまう。
「中間テストのとき、お前が教えてくれただろ。心肺蘇生法」
確かにここは士官学校だけれど、卒業生で軍に入るのが四割という時点で特殊な環境だ。確かに試験範囲には含まれていても。
「お前が俺に教える内容にあれを選んだのは、お前が誰かを救いたかったんじゃないかって」
男だとか女だとかで躊躇って、誰かを失ったんじゃないかって。邪推もいいところだという自覚はある。
「夏至祭のときだって、お前は幹部と俺たちと、エリゼとアルフィン皇女を誰も犠牲にしたくなくて、俺たちを挑発したんだろ」
「お前な、どれだけオレに夢見てるんだ? オレはおまえの大切な妹や皇族にまで手をかけた重罪人のテロリストなんだが」
「帝国――革新派から見れば、な。とってくる手段もろくでもなく性質が悪いし」
正しいことをしている、とは言えないだろう。
税の引き上げに加担しているかと思えば共和国との戦線を開こうとしたり、列車砲を占拠したり。
「貴族派から見ても相当性質悪いんじゃねえ?」
まるで他人事のように言ってのけるのはどんな気分なんだろう。
「貴族様が得体の知れないテロリストなんか雇って得することなんぞ、汚れ仕事を押し付けることができるくらいだろ」
お前はそれでいいのか、と口には出せずに思う。それでも表情には出ていたらしい。ポーカーフェイスって、どうやれば身に着くんだろうな。
「まぁお互いに利害が噛み合ってる間は利用し合うだけだな」
「利用されるだけ利用されて捨てられても?」
クロウが出したカードに、ミラーを仕掛けて入れ替える。
「それでも、それしか取れる手段がなければ選ぶしかないだろ。――泥水啜ってでもやれることをやるだけだ」
「臥薪嘗胆?」
浮かんだ言葉を口にすれば、クロウは口端を吊り上げた。
笑っている筈なのに。表情としては笑みの類だと思うのに。カードから手を離してそっと目の前の顔に触れてみる。
「……何の真似だ」
触れさせることを許しているくせに。形のいい眉が顰められるのを見下ろすのは嫌いじゃない。軽薄に笑って見せるより、ずっと近く感じるから。
頬を撫でて、唇に指を滑らせる。思っているより滑らかで柔らかいそれに、笑う。
「おい?」
「クロウ」
囁いて、そっと唇を啄んだ。
「お前な……どういうつもりだ?」
「苦いのかなって思って」
ぺろりと舐めあげてやれば、朱い眸が細められる。
「……手札見せてみろ」
「伏せたカードの目がわかっちゃゲームにならないんじゃなかったか?」
半眼で見下ろして、それでも手に残った三枚のカードを見せてやる。
「――なんでボルトにミラーに7とか……おかしいだろ」
ほいっと机に投げ出されたクロウのカードは、俺にどう足掻いたって勝てない数字で。
「なぁ、前から思ってたけどクロウってすごくカード運悪いんじゃないか?」
「うるせー、お前までゼリカみたいなこと言うなって」
前に子供たち相手にブレード勝負していたときには、あえて負けてやっていたのかと思ったけれど。
チェスのように理詰めで押せるゲームならともかく、純粋に運が絡むと途端にカードの引きやダイスの目が良くない気がする。
最初に会ったときの50ミラコインの手品で手先の器用さは知っている。カードに細工を施しても平然としているだろう精神性も。
ゲームを操って手中に置いておく側に立つこともできる癖に、プレイヤーとして立てばただの一学生に戻ることを楽しんでいるのか。
馬鹿じゃないのか、と脳裏で呟けば、クロウは今度はちゃんと苦笑して見せた。
「手札で勝負するしかねえだろ」
「手札じゃ俺が勝ってたけどな」
「勝負ってのはやってみなきゃわかんねえもんだろ」
「そのカードでどうやって勝負をひっくり返すんだ。言っておくけどイカサマはなしだからな」
「単純にもう一勝負、だな」
「お前なぁ」
勝つまで繰り返せば最後には勝って終わりだろうけれど。それだってただそこで区切っているというだけだろう。
机に広げていたカードを纏めて、慣れた仕草で繰る。
「お前こそ、さっさと勝てば終わりだっただろうが」
「それはまぁ……なんていうか」
クロウの言うおセンチな気分とやらが伝染していたんだろうか。
「底なしのお人よしだと身ぐるみ剥がれて毟り取られるぞ?」
「そんなつもりだろ、クロウは」
見よう見まねでカードをシャッフルしてみるけれど、クロウがやるとディーラーみたいに様になるのに俺だといかにも慣れてない感じにしかならない。
「最初から50ミラ巻き上げられて何度も殺されかけて喰われてんのに」
「50ミラはたしかにまだ返してもらってないけど俺の方が借りは大きいと思っているし、殺されかけたと俺は認識してないし、喰われたって何がだ?」
確かに噛まれた記憶はあるが。普段は開けているボタンを喉元までしめる羽目になった理由を、襟の上からそっと触れる。
「……お前って馬鹿なのか大物なのかわけわかんねえ」
「クロウにだけは言われたくないけどな、それ」
「やっぱりベットありにするか? その方がやる気になんだろ」
「言っておくけどミラは賭けないからな」
「何なら賭けるんだ?」
喉奥で笑って見上げられて、考える。
落としどころとしては昼食か飲み物を奢るあたりだろうけれど。それだとなんとなくつまらなく思えた。
「――秘密の暴露」
「へぇ?」
器用にカードを繰っていた手が一瞬止まる。
「よし、じゃあ買った方が負けた方に一個質問できる権利な。黙秘権はなし。それでいいか?」
「了解だ」
「いっちょもんでやるぜ」
「イカサマはもちろんなしだからな、当たり前だけど」
「当然」
手元の手札に、内心舌うちする。カード運なんて基本的には確率の問題なんだろう。さっきの幸運を使い損ねたうえに、低い数字のカードばかり並んだ光景に内心舌うちした。
それでも手持ちの札で勝負するしかない。
「ずいぶんとしけた面してんな」
「おかげさまで。クロウはずいぶんいいカード引いたみたいだな」
「さぁな。先が見えてちゃ面白くねえだろ。さ、一枚引きな」
山から引いたカードは俺が先攻。思わず眉を顰めれば、お前顔に出過ぎだと笑われた。
「……で、何が聞きたいんです? クロウ先輩。一つだけならどんな質問にでも答えますよ」
「目が座ってんぞリィン後輩」
「何を聞かれるか怯えてるんです」
「そうは見えねえし今更その敬語で話されても慇懃無礼にしか聞こえねえし」
眉尻を下げて肩を竦める大仰な態度が、演技なのか本心なのか。
「質問、んーそうだな。お前はこの学校卒業したらどうするつもりなんだ?」
クロウの口からまともな質問が出てきて、面食らう。けれど、まとも過ぎて応えに困る。
「決まってない、じゃ答えにならないか?」
「もうちょい具体的に」
「そういわれても、授業に特別実習に学院祭でいっぱいいっぱいでさ……」
それに。いつまでこの生活が続くかも、わからないのに。
「ユミルに帰って男爵家を継げばいいんじゃねえの?」
「それは……」
俺なんかが領主を務めることで父さんたちが受けたような中傷をユミルの地自体が受けるのは嫌だ。逃げなのかもしれないけれど。
「じゃあ軍か。領邦軍か正規軍」
まだその可能性の方が、自分の中では確率的には高い気がしている。けれど確実に軍に進みたいというほど積極的には思ってはいない。
「なれるのなら、遊撃士……かな」
「帝国じゃレグラムにしか支部ねえだろ……まぁ、ありえねえ選択肢でもないだろうしお前には向いてるかもな」
どういう意図でそんな質問をしたのかわからず、首を傾げる。
「なんていうか……お前のことだからもっと答えにくいこと聞いてくるのかと思ってた」
「ちょっと待てコラ、お前のオレに対する認識いろいろとおかしいぞ」
「そうか? だってクロウだからな」
「それがおかしいだろって言ってんだよ……まぁいいけどな」
もし、俺が勝てていたら。俺は何を聞いたんだろう。
「もう一勝負やるか?」
「今度はベットなしならやる」
どうにも、欲が絡むと勝負弱くなる気がして。そう提案すればしょうがねえなとクロウが笑った。
pixiv [2014年1月31日]
© 2014 水瀬
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