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3

「……休講、ですか」

 ARCUSに入った通信を受ければ、Ⅶ組担任のサラ教官の声が響いた。

『そうなのよー、ちょっと調理室爆発させた生徒がいるらしくて本校舎使えないから、今日は臨時で自由行動日ね』
「……なんだかよくわかりませんが了解しました」
『連絡よろしく―』

 状況を考えればそんな呑気な態度でいいんだろうかと思いながら、通信を切る。
 降って湧いた自由時間だ。サラ教官の指示通り、本日の休講をⅦ組の面々に連絡しおえて。そうしてようやく、今日は何をしようかと悩む。
 普段の自由行動日ならば、トワ会長からの依頼と旧校舎の探索でほぼ一日が過ぎてしまうけれど。こうして一日時間が開いてみると何をすればいいのかわからなくなる。過密なスケジュールに慣れてしまうのも、良し悪しだなと苦笑する。
 とりあえずいつもの習慣でポストを覗いてみれば、そこに一通の封書を見つけてリィンは眉根を寄せた。
 家族からの手紙であれば、それはうれしいけれど。
 そこにあったのはこの半年ほどで見慣れるほどに目にした、封筒。
 特別実習先で見かけたそれだ。
 けれど、先ほどのサラ教官からの通信の様子を考えれば、学院側からの指示とは考えにくい。
 理事からの指示か。それとも別の何者か。
 嘆息しながら、封筒を手に取って中の書類に目を通す。そこに書かれていた指示に、リィンは目を眇めた。



「……今日の予定か? 部活に顔を出そうかと思っていたんだが」

 旧校舎への探索ならば付き合うぞと言ってくれた級友に、リィンは困ったように首を横に振る。

「付き合ってほしいんだけど、行き先は旧校舎じゃないんだ」

 マキアスに、受け取った書類を見せる。

「これなんだが……マキアスは、どう考える?」
「これは……?」
「さっき、俺のポストに入っていたんだ……たぶん差出人はサラ教官じゃないと思う」

 ――リィン・シュヴァルツァーおよびマキアス・レーグニッツの二名トリスタ駅まで来られたし



「……何故僕とリィンを名指しなんだ」
「どうする? とりあえずマキアスには待機してもらって俺だけ行こうか?」
「馬鹿を言うな、僕も行く」
「罠の可能性が高いと思うけど」
「その罠にみすみす飛び込んでいくお人よしを放っておけると思うか?」
「……放っておくという決断も、時には必要だと思うけどさ」
「リィン?」
「行くしかないだろうな……外出許可、取らないと。あと何があってもいいようにいつでもⅦ組のみんなと連絡取れる方がいいだろうけど、ARCUSって使用範囲決まってたっけ」

 考え込むように、口元を押さえて目を伏せる。

「駅に呼び出すってことはたぶん、この手紙の差出人はその先に連れて行きたいんだろうと思うんだ。最悪、帝国外な可能性もある」
「線路で繋がっている先だろう? まぁノルドとかブリタニアとかだと行くだけで自由行動日が終わってしまうか」
「ああ、……それでも、付き合ってくれるか?」

 申し訳なさげに口にされて、マキアスは眦を吊り上げた。

「仕方ないだろう、名指しで挑戦されて引き下がってたまるか」

 誤魔化すような言葉と、眼鏡を押さえる仕草。そんなマキアスをみて、リィンはどこか諦めたように、笑った。

「なら、一蓮托生だ」



 外出許可は思っていたよりもあっさりと取れた。普段の品行方正な学生生活が功を奏したらしい。これがクロウあたりだったなら、外出許可自体がなかなか出ないかもしれない。
 駅までついてくると主張した仲間を説得して、二人だけでトリスタ駅へと入る。
 あたりの気配を探るが、知っているそれも、とりたてて危険そうな気配も感じない。いつも通りのトリスタだ。

「呼び出し通り、駅に来たけどどうすればいいんだろうな」
「とりあえず駅員さんに話聞いてみよう。手紙の差出人から言伝でも受けてるかもしれないし」

 相談しながら、行動を決めていく。
 リィンの案に従い駅員に声をかけると、リィン様とマキアス様ですねと返された。やはり手紙をよこした何者かが手を回していたらしい。
 差し出されたのは二枚の切符に、リィンとマキアスは顔を見合わせた。

「……」
「とりあえず、サラ教官と……ユーシスあたりに報告しておくか」

 行き先が書かれたそれを見て、リィンはARCUSを取り出す。

「なぜそこで奴の名前が出てくる」
「もしなにかあった時、女子に荒事は危険だし、そうなると男子生徒だろ? ガイウスは帝国の土地勘あまりないし……クロウは、本人の所在があいまいなときがあるしさ」

 だからユーシスが適任なのだと説明する言葉に、偽りはない。けれど、普段ならば射竦めるような視線は僅かに逸らされているせいかどこか弱く、あのよくわからない説得力に欠けている。リィンの態度に覚えた違和感に、マキアスは眼鏡の奥で目を細めた。ARCUSを操作するリィンはそんなマキアスの様子に気づいてはいないらしい。

「ユーシスか? すまない、忙しいところ。……ああ、それでちょっとクロスベルまで呼び出されたから行ってくる」

 ARCUSを片手に通信を繋いで連絡を入れる。
 クロスベル自治州。
 西ゼムリア通商会議が行われ、あの列車砲が照準を定めている貿易と金融の街。

「行こう」

 ARCUSを鞄にしまって、リィンはゆったりと足を踏み出した。視線は線路――そのずっと先へと、向けられている。



 特別実習で何度か通った路線だ。
 大陸横断鉄道。水色の車体のそれは、帝国からクロスベルを通り、共和国まで繋がっている。

「なんだか、いつもより人数が少なくて感覚が違う気がする」

 向い合せ四人掛けの座席に斜向かいに座って、リィンは苦笑する。
 車窓から覗くのは秋小麦の実る畑と紅葉し始めた木々。秋の深まりを感じさせる。

「そもそも特別実習じゃない」
「まぁ、そうなんだけどさ」

 呼び出されたから向かうだけで、学院とのかかわりは限りなく薄い。
 これまでのように教官が手回ししてくれているわけでも、理事が準備してくれているわけでもない。
 大陸横断鉄道とはいえ、たびたび手助けしてくれたクレア大尉の力も及ばないだろう。
 二人とも制服は着てはこなかった。あくまで私事だ。

「ラウラに控えめにお土産頼まれたよ」
「ミリアムにもな……」
「お土産とはいえ男二人でみっしぃ人形買うのはシュールすぎると思うんだけど」

 なんでも、クロスベルでしか手に入らないグッズとやらがあるらしい。

「ああ、それミリアムには前に俺が買ってやったんだけどなぁ」

 唐突にまぎれた声に、リィンとマキアスは振り返った。
 視界に入った姿に二人して絶句する。
 ピンクのシャツにハーフパンツ。じゃらじゃらと音を立てる派手なアクセサリー。赤毛の上にはサングラス。
 ラフすぎるその出で立ちに見覚えはない。けれど。

「……レクター大尉? なんなんですかその恰好」

 以前、ノルドに現れて開戦寸前で回避させた鉄血の子供たちの一人。《かかし男》の名を持つ情報将校。
 けれど。

「軍人にだってオフはあってもいいと思わねえ?」
「……それは、そうかもしれませんが」

 けれど。
 一番身近な軍人として思い浮かぶのはナイトハルト教官だが、あの人がこういう格好をして遊ぶ姿は想像がつかない。

「もしかして、あなたか閣下が?」
「ん? 何の話だ」

 目を眇める仕草は自然で、演技だとは感じない。

「俺のポストに、駅に来るよう呼び出したのはあなた方じゃないんですか?」
「ちがうな。そもそも士官学院生をクロスベルに呼び出すことで俺らが得することがあると思うか?」
「……ないですね、何一つ」
「どうせ呼び出すならミリアムを呼ぶだろうな。おまえらじゃ正直役者不足だろ」

 情報将校であり二等書記官でもあるレクターから見れば事実そのものだろうけれど。そう言い切られてしまえば、おもしろくはない。

「ついでに人質としてなら辺境の男爵の養子や改革派の知事子息よりはアルバレアの坊ちゃんの方が役に立ちそうだし」
「至極もっともですが、もしそれをやったらただではすまないと思いますよ」

 仲間を人質にされるなど、たとえ仮定の話であっても許せることではない。それに、実際のところ改革派からすればユーシスはいい人質になりえるだろう。

「わかってるよ。うちもそれどころじゃねえし、正直、次の駅で引き返してほしいくらいだ」

 レクターが道化じみた態度でそう告げる。

「そんなにクロスベルの現状は危険なんですか」
「まぁな」

 西ゼムリア通商会議でのテロと、帝国と共和国からの独立宣言。実際に発射はされなかったものの空砲は撃たれた列車砲。
 《かかし男》をもってしても、交渉は難しい状況となるともう士官学院の学生がやれることなど確かにないだろう。邪魔をされたくないというのも、わからなくもない。

「俺も別にクロスベルの独立を阻止したいとか、そういう意図はないです」

 正直なところ、そこまでの思い入れというものもない。それが例えばノルドであれば、ガイウスや彼の家族や、グエンなどと会って話して、ノルドの地を駆けたからあの地を戦禍で失いたくないという思いもあるけれど。リィンにとってクロスベルという土地は見知らぬものだ。

「そう思ってるつもりで実際は首突っ込むタイプだろ」

 眇められたままの碧眼の色は読めない。
確かにこれまでの状況を考えれば、それは否定できないかもしれない。リィンたちの行動はほぼ情報部も知り得ているだろう。
 思えばケルディックでもバリアハートでも帝都でもガレリア要塞でも、学生としての分をわきまえた行動とは言い難いとも思える。

「心配ならレクター大尉がクロスベル案内してくれます? 手元に置いておけば安心でしょうし」
「八葉一刀流だっけ? まぁ俺としてはそれくらいしたいところだけどな、今回はおまえらの面倒まで見てる余裕はねえよ」

 ノルドのあの状況ですら飄々としていたレクターにしては、ずいぶんと追い詰められた様子にリィンは目を伏せる。

「俺たちだって状況を悪くしたいわけじゃないですし。手紙の主が何を考えているのかはわかりませんが」
「愉快犯だろ。完全に状況を面白がってやがる」

 何故そう思うのかと問おうとして、やめる。おそらく聞いたところでリィンが理解できるレベルでの応えは返ってこないだろう。

「おもしろいついでに、おまえたちはある程度『駒としては優秀』だしなぁ。厄介すぎるんだよ」

 わしわしと赤毛を掻き乱す。頭の上のサングラスが、不安定に揺れた。

「正直取り込んでおきたいところでもあるんだよなぁ」
「……スカウトですか」
「将来有望な人材は敵に回したくねえじゃん?」
「……」
「それにそっちの知事殿のご子息は、将来うちのミリアムの婿にきてくれるかも」
「ありえません!」

 即答で拒絶されて、レクターは笑う。

「ミリアムが好みじゃねえならクレアはどうだ? ん?」

 にやりと笑って、マキアスを見る。

「家柄も容姿も頭の出来も申し分ないぞ? 意外と胸もあるしな」
「何を言ってるんですかあなたは」

 呆れたように、マキアスは眼鏡の位置を治す。その頬がわずかに赤いことに気付かないレクターではない。

「なるほどなぁ、ご子息殿はミリアムよりクレアのほうが好みか」
「そういうわけでは……っ」
「マキアス、とりあえず落ち着こう」

 このまま放っておけばクロスベルにつくまで延々マキアスがレクターのおもちゃにされるだろう。それはあまりにも憐れに思えて、リィンが口を開く。

「大尉も冗談はそれくらいにしてください」
「半分は本気なんだがなぁ。クレアの奴、いい年なのに彼氏もいねえし」
「クレア大尉ってそうなんですか……? じゃなくて」

 レクターのペースに合わせていてはいつまでたっても進展しない。それを狙っているんだろうけれど、そうそう付き合ってもいられない。

「まぁこれ以上言うと俺がクレアに絞められるからなぁ」

 苦笑して、レクターはポケットに突っ込んだままだった手を出した。その手に握られている見慣れたものに、リィンとマキアスは目を見開いた。

「なんであなたがブレード持ってるんですか」
「ミリアムにもらった。流行ってるんだってな」

 カードを繰る手は、慣れている様子だ。この人ならばどこぞのカジノでディーラーをやっていても違和感はないかもしれない。

「一勝負しようじゃねえか。俺が勝ったら次の駅でおまえら引き返せ」
「……俺たちが勝ったら?」
「そうだな、いいもんやるよ」

 口端を吊り上げて笑う。

「わかりました。その勝負マキアスが受けます」
「ちょっとまてリィン、何故僕が」
「Ⅶ組で一番強いのはマキアスだろ? レクター大尉相手に一発勝負で勝てる可能性は少しでも高いほうがいい」

 にこやかに理由を口にする。けれどその奥には、どこか苛立ちが見えた気がした。
 らしくないとは思う。マキアス自身もリィンも。
 けれど正直なところ。うわさに聞くこの男と一度勝負をしてみたいという欲も、なくはない。



「もう一回確認しておく。勝負は先に一勝した方が勝ち。ドローならもう一勝負」

 それで構わないかと訊ねるリィンに、レクターとマキアスは頷く。






「いやー強いなご子息殿」
「勝てた……のか」

 あまり実感はわかない。それに、理知的で整然と美しい勝ち方だとも自分でも思えない、泥臭い勝ち方だった。最後のミラーがなければ勝てなかっただろう。

「結構幸薄そうなのにカード運は強いんだな」
「喧嘩売ってるんですかあなたは」

 あまり褒められた気がしない。勝ったのだという実感もない。勝負に負けて試合に勝った気がする。

「まぁまぁ、約束だからな。『イイもの』をやろう」

 性質のよろしくない笑みを浮かべて。レクターは封筒を取り出した。

「まぁそう身構えんなって。ほんとにいいものだぜ」

 差し出された封筒をおそるおそる開いてみる。中に入っていたのは、二枚のチケット。

「……なん…だと…」
「どうしたんだマキアス。なにかいかがわしいものでも入ってたのか?」

 ひょいっと隣から覗きこんで、リィンもそこにあるチケットに視線が釘付けになる。

「どうやってこんなの手に入れたんですか」
「ちょっとした伝手?」
「本当にいいものすぎて、驚いた」

 リィンとマキアスの手にあったチケット。
 クロスベルが誇る劇団アルカンシェルの、今夜の公演のチケットだ。

「本当なら俺がデートで見に行くはずだったんだけど、別のおっかない美人と急にデートの約束が入っていけなくなってな。どこぞのお偉いさんあたりに恩着せがましく渡してもいいけどまぁ、将来うちにくるかもしれない士官学院生の社会勉強に役立てるのも悪くはねえだろ」

 偉そうに腕を組んでうんうんと頷くレクターを、マキアスが崇める勢いで見つめている。

「せっかくクロスベルまでいくならアルカンシェルとミシュラムには行っとくべきだよな」
「ミシュラムワンダーランドは日帰りではむりがあるでしょう」

 いつか行ってみたいですけどね、とリィンが呟く。自分が遊びたいというよりも、ラウラやミリアムは喜びそうだと笑って。

「まぁそう思ってこっちは渡さなかったんだけどな」
「……なんであなたがミシュラムワンダーランドの入場券とフリーパスなんて持ってるんですか」
「ちょっとしたコネだ」

 胡散臭い笑みを浮かべて、みっしぃの絵の入ったチケットをひらひらと見せる。
こんな人が情報局特務大尉で帝国の将来は大丈夫なんだろうかと些か不安になる。どこかの誰かさんを彷彿とさせる軽さと、読めなさ。

「今のクロスベルは今しか感じることはできないだろうし、せいぜい堪能してこい」
「引き返せって言ってたじゃないですか、さっき」
「おまえらの悪運ならまぁ死にはしないだろ」

 シャレにならないことを言われた気がする。

「魔都クロスベルだ。喰われないようにな」
「心します」
「ああ、あとさ」

 レクターは、ふと視線を進行方向へと向けた。ガレリア要塞が物々しい姿を見せている、その先を。

「吸血鬼っているとおもうか?」

 唐突すぎる話題の転換に、リィンとマキアスはあっけにとられる。

「吸血鬼、ですか……? 紅い月のロゼにでてくるような?」
「そう、そういうやつ」
「お話のなかにでてくる架空の存在、だと思ってますけど」
「でもおまえらは、お話の中にしかいないと思われてきたガーゴイルや不死の王ノスフェラトゥとも戦ってきただろ。なら、吸血鬼だっていないとはいいきれないんじゃないか?」
「質問の意図がよくわからないんですが、可能性というならまぁなくもないでしょうね」

 マキアスの答えに、レクターはにやりと笑う。

「それこそ帝国での吸血鬼のイメージは、紅い目なんだろうけどな。とある地域では赤髪碧眼の子供は吸血鬼っていう言い伝えもあるらしいぜ」

 言われて、レクターのその特徴的な赤毛と青緑の眸を見る。

「レクター大尉が吸血鬼なんですか?」
「さあ、どうだろうな? 別に血を吸うことが好きなわけでもない……まぁ、血が大好きな赤毛がまだクロスベルにいるだろうし」
「……ずいぶん、親切なんですね」

 クロスベルに赤毛の危険人物がいるらしい。脳裏を過ったのは以前、フィーに聞いた猟兵の話。
意外に思えるけれど、それは遠回しな忠告らしい。

「まぁミリアムが懐いてる奴らが死んだら寝覚めはよくないだろうしな」
「だからそういう不吉なことを言うのやめてください。あなたに言われたら本当にそうなりそうな気がしてきますし」

 目を伏せて嘆息する。別に、預言者だとか占い師だとかではないのだろうが。情報局特務大尉で鉄血の子供たちで《かかし男》などという存在が口にすることは、不吉な予感を拭えない。

「じゃあがんばれって生き残れ?」
「なんで疑問形なんですか」

 激励されても、それはそれで何か裏がありそうに思えてしまう。
 何を考えているのかつかめなくて、会話にひどく労力を使わされる。

「まったく、《紫電》の教育がいきわたってるねぇ。やりにくくってしょうがない」
「褒められたと思っておきます」

 何度目かの溜息を吐いた頃、ガレリア要塞を通過するという車内放送が響いた。






 クロスベル駅で一応駅員に訊ねてみる。やはり何者かが帰りの切符を用意してくれているらしく帰りの切符を入手した。
 それを受け取り、駅から一歩踏み出す。

「話には聞いてたけどすごい街だな」
「ああ、規模なら帝都の方が勝るんだろうが、帝都は古い建物も多いからな」

 車窓からも見えていたオルキスタワーの威容も、高層のデパートやビルが立ち並ぶ街並みも。想像していた以上に、先進的だ。
 そして。
 今も、この自治州全土を射程に収めているガレリア要塞の列車砲の砲身はこちらにむけられたまま。

「アルカンシェルの公演までどうする?」

 享楽的な街の明るさと、その事実の齟齬に感じる居心地の悪さを誤魔化すようにマキアスはリィンを見下ろした。

「それなんだけどさ」

 マキアスを見上げて、リィンが少し困ったように笑う。

「観劇のドレスコードってどれくらい求められるんだろう、マキアスはちゃんとシャツにジャケットだから大丈夫だろうけど」

 リィンは普段着そのままだ。長袖のTシャツに紅いパーカーというラフな格好は本人にはよく似合っているけれど劇場に出入りするにはあまりふさわしくない気がする。

「……買い物が先か」
「うん、お土産も買わなきゃいけないしな。中央広場にあるデパートに行きたいと思ってる。それに先立つものも必要だろうし」
「セピスの両替か」
「ああ、あとその前に少し寄ってみたいところもあるんだ」

 申し訳なさげに、身長差のせいでやや上目使いで見上げられて。マキアスはわずかに視線を逸らした。

「遊撃士協会」

 返された答えに、マキアスは再び視線をリィンへ戻した。

「なるほどな、先に行ってみるか」
「うん、クロスベル市の地図を見たら、先に遊撃士協会へ行ってみる方がよさそうかなって」
「地図?」
「レクター大尉にもらった」

 そういって、リィンはクロスベル市全域の地図を見せる。
 多忙らしい《かかし男》とは駅で別れたきりだ。

「東通りってところにあるらしい、こっちだな」

 駅前通りを通り過ぎて東へ曲がれば、景色が大きく変わった。帝国ではあまり見かけない東方風の建築物が並ぶ。
 通りを歩いていると、目の前を白い子猫が横切った。

「マリー、そっちにいっちゃダメ」

 猫を追って走る幼い女の子の手には、大切そうにウサギが握りしめられている。ちょうどリィンたちのほうへと走ってきた子猫を捕まえて抱き上げた。

「君の猫かい?」

 子供と視線を合わせるために膝をついて、にっこりと猫を差し出す。

「うん! マリーっていうの」
「そのウサギさんは?」
「パパがおみやげだっていってくれた宝物」

 にっこりと幸せそうに笑う子供に、リィンもつられるように笑みを深くする。
 少女と別れて、リィンはマキアスを振り返った。

「ちゃんと鞄を返せてよかったな」
「鞄?」
「マキアス気づかなかったか? 前に帝都で鞄を間違えて困っていた人がいただろ」

 言われて思い出す、あのときの鞄の中にはウサギのぬいぐるみが入っていたけれど。

「よくあのときのウサギだってわかったな」
「あの人もクロスベルから来たって言ってたからな。そうかもしれないし、違うかもしれない」
「まぁ、もし違うとしても子供が幸せなのが一番だな」

 マキアスの言葉に、リィンは頷いた。
pixiv [2013年12月10日]
© 2013 水瀬
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開設:2014/02/13
移転:2017/06/17
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