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蒼い月明かりに照らされた部屋の中、白いシーツと対照的な艶やかな黒髪を見下ろす。
毎日のハードな訓練と勉強と、元来のお人よしを発揮して今日も遅くまで学院に残っていたようだし夕食後の日課の素振りの音も聞こえていた。
とるべき時にしっかりと休息をとることは大切だろう。
けれど普段あれほど気配に敏いのに、こうして部屋へ侵入しても目を覚まさないのは緊張感に欠けていると指摘するべきだろうか。
まぁここは戦場でもないし課外実習中でもない。この寮でもしⅦ組の連中になにかあれば階下にいるメイドと階上で酒をかっ食らっている教官がなんとかするだろうし『白兎』とあの銀の腕だって黙ってはいないだろう。
ある意味帝国でもっとも安全な場所の一つだろう。
今のクロウの行動を彼女らが止めに来ないのは黙認しているのか信頼されているのか、それとも甘く見られているのか。
笑みを一つ零してクロウは後ろ手にドアを閉めた。
ブーツの足音を忍ばせて部屋の主が眠るベッドへゆっくりと歩み寄る。



窓から差し込む月光。白い頬に濃い影を落とす睫毛は意外に長く、閉じられている瞼の下の紫灰の双眸の強さが隠されているせいか年齢よりもずっと幼げにも見える。まるで人形のように静かな寝姿は、きっちりと背筋を伸ばした普段の生真面目すぎる人柄や彼の太刀筋そのものを思わせて、つい苦笑が浮かぶ。
触れるほどに近づいても寝息が乱れていないことを確認して、そっと手を伸ばす。
その胸元にまでかけられていたシーツをゆっくりと剥がしていく。
さすがに起きるかと思っていたが少年の睫毛一つ震えず寝息は静かなままだ。

息を潜めて、寝間着に使っているらしい半袖のTシャツの裾をたくしあげていく。その白い胸に刻まれた痣にそっと右の掌で触れてみた。
とくん、とくん、と鼓動とぬくもりが薄い皮膚越しに伝わってくる。

「……ん」

安眠妨害をむずがるようにリィンが眉根を寄せる。
その反応に浮かびあがった感情のまま目を眇め、クロウはそのまま、掌を滑らせて少年の喉を撫で上げた。
鍛練を重ねているとはいえまだ成長途中の、男というよりは少年といえる細さはこのまま指に力を入れれば締め上げて折ることも容易い。
そっとベッドに上れば上質なスプリングが男二人分の体重にかすかに軋んだ。
少年を組み伏せるように乗りあがり、その白い首に手をかけて見下ろす。

向かいの部屋へと忍び込んで夜這いをかけたのはクロウだ。当の少年は同性に部屋どころかベッドの上にまで押しかけられるとは思っていないだろうけれど。
ここまでされてもただ無防備に寝顔を晒すだけのリィンに覚えたのは、身勝手な愛おしさと、かわいらしい愚かさへの心配を含む苛立ちと――
このまま、締め上げて壊してしまおうか。
それとも。この白い首筋に、咬みついて喰らおうか。
かっと脳髄が熱くなる。
かすかな寝息しかない部屋に、生唾を飲み込む喉音がひどく響いた気がした。
どれほど餓えているんだと自嘲する。
脈に触れる首筋から名残を惜しむように顎を辿り、わずかに開かれた薄い唇を指腹でなぞる。

「……いつまで狸根入りしてんだよ、リィン」

覆いかぶさり吐息が触れる距離で囁く。耳に届いた自分の声はかすれていて。潜めていたせいでただ喉が渇いているのか、それともただの欲のせいか。
このまま、おまえが眠ったままなら。
――食い尽くしてやるのに

「起きなきゃ、ちゅーしてやろうか?」

それすら容易い距離で宣告する。
まるでスイッチが入った自動人形のようにぱちりと瞼が開き、ほぼゼロ距離で隠されていた銀紫の双眸が露になる。
その色に見惚れた次の瞬間には、目の前に火花が散っていた。

「……いたっ」
「ぐはぁっ」

不意打ちともいえる衝撃と、鈍い痛みに二人して頭を抱えて蹲る。

「あーいて……くっそ、そこまで俺にキスされんのは嫌かよ」

ただの悪ふざけの囁きに反応して身を起こしたリィンと、至近距離で正面衝突したのだと痛む頭の裏で理解して。
なんとなく面白くない気分で恨み言を吐く。
わかっている。元は不法侵入しているうえにからかったクロウのせいなのだがそんな理屈はとりあえず棚に上げておく。
おとなしく服まで捲られておいて、それかよと思うと。
クロウが声をかけずに触れていれば、そのまま口をつけることも――それ以上の行為すらできただろう。

「いや、えっと、そういう問題じゃないだろ……」

じっとりと睨み付ける視線の先、よほど痛かったらしくうっすら涙すら浮かべて。リィンは困ったように目を細めた。

「そもそもなんでここにクロウがいるんだ」
「……えーっと、うんあれだほら、月がきれいだなーと」

白々しく目を泳がせる。
実際、それほど明確な理由があってきたわけでもない。ここに忍び込んでクロウがした実質的な事といえば痣の確認くらいだが、それだってこんな直接的な方法をとるほど重要なことでもない。ナイトハルト教官による水練の特訓の時にでもギムナジウムを覗けば済む話だ。
とてもではないが不法侵入した上にベッドにまで上り込んでまでやる必要もない。
しいて言えば、この少年の部屋が向かいで。
なんとなく、暴いてみたかった。
触れてみたかった。
まったく。我ながらどうかしてると思う。

「月?」

まだ痛むらしい額を抑えたまま、リィンが視線だけ窓の外に向けた。濡れた紫灰の双眸を、月光が滑る。

「……ああ、確かに綺麗だけどなんでわざわざ」
「俺の部屋からだと見えないからな」

見ている方向が違うから。そこに映る景色も違う。
目を細めて、頭の上にぽふんと手を乗せてやる。見た目より柔らかな黒髪は撫で心地は悪くない。

「なんだ、まだ痛むのか?」
「痛い。どれだけ石頭なんだよ、クロウ……」
「俺だって結構痛かったんだが」

おそらくバンダナのおかげで多少ダメージが軽減されたのだろう。

「不公平だ……」
「ま、これも日頃の行いの差ってやつか」
「それならなおさら不公平だろ…」

呆れたように言いながら、リィンはひどく柔らかく笑ってみせる。

「よしよし、お兄さんに見せてみろ」

ぶつけた額を押さえていたリィンの手をそっとつかんで引きはがしてやる。長めの前髪を掻き上げてやれば。

「あー、瘤になってんな」
「いた、痛いってクロウ」

膨らんだたんこぶを軽くつついてやれば、リィンがわたわたと暴れた。子供っぽいその反応が面白くて、ついつい構い倒してしまう。
士官学院の生徒、しかも特殊カリキュラムの特科クラスでこの程度の怪我は珍しくないだろうに。
確かかわいい妹がいる兄で、あの個性的で一見まとまりのないⅦ組を自然とまとめ上げる『重心』だったか。
あの面々の前では、この少年はこんな反応は見せないだろう。
甘えることの苦手な子供が、それだけ自分には気を許しているらしい。
その事実に、自然と口端が吊り上る。
本当に、この少年は。

「しょうがねえな」

ここまで堪能すれば、多少のサービスくらい返すべきだろう。

「ARUCS駆動」

ポーターポーチから取り出した使い慣れた戦術導力器が、ぶぉんと起動音を立てた。癒す系統はそれほど得意な方ではないが先日結晶回路を入れ替えた際、水属性しか入れられないスロットに回復魔法を持つ結晶回路を入れるように指示したのはリィンだった。たまたま手持ちのクオーツがそれだったのだろう。
水の結晶回路が紡いだ魔法が、リィンをふわりと淡い光で包みこむ。

「……これはちょっとさすがに大げさすぎないか?」
「まぁこれで不公平はなくなっただろ? 痛いの痛いの飛んでけーってな」

囁いて、額を撫でてやる。

「うん、痛くなくなった。ありがとうクロウ」
「どういたしまして」

素直に感謝の意を示されて。ふと浮かんだ気まぐれのまま撫でていた額をぺろりと舐めてやる。
一秒、二秒。
きっちり三秒硬直していたかと思うと、リィンはばっと額を押さえて慌てて身を離した。
狭いベッドの上でクロウがマウントポジションを取ったままだから逃げるといっても再び枕に頭を乗せ仰向けに寝転がっただけだが。

「クロウは嘘つきだ」

 まっすぐに見据える灰紫の双眸は相変わらず毅くて。
 すべて見透かされているような気分になる。
 確かに自分は嘘しかついていないようなものだから。

「何がだよ」

 人聞きの悪い、と体面を整えながら見下ろす。

「起きたらキスしないって言っただろ」
「そんなこと言った覚えはねえな」

白い肌を赤く染めて睨み付けてくる子供に、にやりと笑って見せる。

「起きなきゃちゅーするとはいったけど、起きたらしないとは言ってない」
「屁理屈だろ…それ」

眉尻を下げて、ため息一つ零すリィンの頭を梳き撫でてやる。

「子ども扱いはやめてくれ」
「ふむ、大人扱いの方がいいか?」
「なんか嫌な予感しかしないから遠慮しておく」

抗議だけはするものの頭を撫でる手を払いもせずに、好きにさせることにリィン本人としてはそれほど深い意図などないのだろう。
逃げようともしないことも。

「……いつから起きてたんだ?」

 撫でながら、ずっと持っていた疑問を口にすればリィンは困ったように視線を逸らし眉尻を下げた。

「起きたのはクロウが変な事言い出した時だけど、気づいてたのは部屋の外にいたときから」
「変な事ってほどでもねえ……こともないな」

 がっくりと肩を落とす。
 あからさまにすべてが変だろう。そういう趣味を持ってるならともかく嗜好はストレートなのに男に夜這いをかけて服を脱がせて。
 できることならこのまま土下座して部屋に帰って鍵を閉めて引きこもるべきなんじゃないだろうか。

「この痣……あの獣の力と関係があるのかな」

 シャツの上から、胸に浮かんでいる痣のあたりを押さえ、吐き出すように呟く。
 己のうちに眠る力に怯え恐れているのだろう。
 ――そのまま、眠ったままでいてくれたなら。

「さあな、俺にはわからんが」

 目を伏せて、首を振る。

「そうだよな……でもなんか」
「ん?」

 まっすぐな眸を伏せて、幼子が何かに耐えるように唇を震わせる様を見下ろしながら髪を撫でてやる。

「……なんか、すごく安心したんだ」
「はぁ?」

 リィンの告白にびっくりしすぎて、撫でていた手が止まった。

「俺も自分でも変だとは思うけどさ……俺は得体のしれない浮浪児で、しかもあんなのを見ても近づいて、それでも触れてもらえるのかって」
「……あほだろお前」

 目を細めて、先ほど癒したばかりの額を指先で小突けば、眦鋭く睨み返された。――似合わない強がりに、苦い笑みが浮かぶ。
 
「一年生を二回やるクロウに言われたくないな」
「俺の成績のことはこの際置いておけ……じゃなくてな」

 知らないものは得体が知れずおそろしいものだろう。正体がわかったからといって恐怖が軽減するものでもないだろうが。
 この子供の育った男爵家の環境はよかったのだろうと思う。そうでなければこんなまっすぐな子供には育たない。
 それでも、人間というものは異質な者に対して厳しい。受け入れる強さをもつ人間ばかりではない。
 リィンが幼い頃、どれだけの言葉で傷つけられてきたのか。男爵家の暖かさだけでは癒しきれない傷がまだいくつも残っているのだろう。
 アノ時、クロウと一緒にアレを見たハイアームズのお坊ちゃんはあきらかにリィンに対して恐怖を抱いていた。

「俺はおまえを怖いとも気持ち悪いとも思わない。リィンはリィンだろ」
「……」
「それにおまえのアレを否定するなら、俺自身否定するみたいだしな……なんか、俺と髪と目の色似てるし」
「……あぁ、そういえばそう…か?」

 シーツに伸ばしていた腕を上げて、リィンの指がクロウの髪に触れる。

「こんなに綺麗なら……よかったのかな」
「あのな、そういうセリフは女子に対して使え」

 どう育てたらこんな無自覚たらし人間が育つのだろう。シュバルツァー男爵にでも一度聞いてみるべきかもしれない。

「クロウは綺麗だろ、月みたいだ」
「月、ねぇ」

 窓の外を見やれば、冴え冴えとした蒼い月が寝静まった街を照らしている。この部屋のベッドの上も。

「わざわざこっちの部屋まで月を見に来たっていうのも、だからなんていうかクロウに似合ってる気がした」

 おそるおそる、手を伸ばして髪に触れてくる。

「月見るってのも嘘なんだろうけど」
「なんだよ信用してくれねえの?」
「日頃の行いだろ?」

 くすくすと笑って、リィンは目を閉じる。
 触れていた髪を掴まれ、引き寄せられる。

「昔エリゼに読んであげた古い東方の絵本にさ、月からきたお姫様のお話があってさ」
「お姫様、なぁ」
「それはそれは美しい姫でさ、時の帝からも求婚されるんだけどそれを仏の御石の鉢、蓬莱の珠の枝、火鼠の皮衣、龍の首の珠、ツバメの生んだ子安貝っていう宝をそれぞれとって持って来たら結婚するって断るんだ」
「……火鼠はなんとか手に入りそうだけど他は難しそうだな」
「お話の中では結局誰もとってくることができず、お姫様は月に帰っちゃうんだけどな
……エリゼには、俺もいつか月に帰っちゃうんじゃないかって泣かれて困ったっけ」

 縋るように抱きつかれて、その表情は見えない。声に含まれる自嘲の響きに、喉の奥が痛みを訴えてくる。

「子供のころの俺にはユミル以外に帰る場所なんてなかったけど。クロウはどこかに行ってしまうんじゃないかって」
「俺をつなぎとめるために火鼠の皮衣でも探して持ってくるか?」

 ククッと喉奥で笑って、ベッドの中でさみしいさみしいと泣く子供を撫でつけてやる。

「そんなものでおまえを引き止められるなら、いくらでももってきてやるさ」

 けど、と笑いを孕んだ声が否定する。

「そんなものじゃ、クロウは捕まえられてくれやしないだろ」
「ずいぶん高く買ってくれてるようだが、ちーと買いかぶりすぎてやいないか」

 それほど高く売れるものを、自分は何も持っていやしないのに。
 帝国の光となるべく集められたこの子供と違って、自分の中身などほとんど虚ろなのに。
 それを気づかせないよう、悟らせないよう軽く軽く答えてやれば、リィンはかすかに笑った。この距離でなければ気づかないような、小さな笑い。

「物に執着ないだろ、クロウ」
「んー? いやそうでもないだろ」

 髪に触れていた指が、するりと耳朶を撫でた。

「これ痛くないのか? なんかいっぱいつけてるけど」
「俺がつけてる程度のはそれほどでも、軟骨は痛いらしいけどな」
「俺も開けようかな、ピアス」
「やめとけやめとけ、おまえには似合わねえよ」
「……子ども扱いはやめてくれ」
「そういうことを言う時点でまだまだお子様だ――けど、そうだな」

 何の傷もないきれいなリィンの耳に触れる。

「開けるなら俺がやってやってもいい」

 ついでにピアスの一つくらい贈ってやろう。
妥協するとすればこんなところだろうか。もっとも、あの可憐な妹御やⅦ組の連中がだめだやめろと言って止めるだろうが。

「……約束だからな」

 答える声リィンの声は、どこか頼りなく部屋に溶けた。
pixiv [2013年11月3日]
© 2013 水瀬
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開設:2014/02/13
移転:2017/06/17
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