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STEAM ROCK FEVER
届けられた制服を、睨みつける。目的のためとはいえ、今更制服を纏う身分になるとは思ってはいなかった。
ガキじゃあるまいし。駄々を捏ねて着ないという選択をするわけにもいかないだろう。自分の矜持だけでなくーーついてきてくれている皆に対しても。
「君なら似合うと思うけどね」
アルバレアの若君の言葉に、目を細める。そりゃあ、あんたらからすれば、慣れたもんだろうな。
整いすぎてどこか嫌味にすら感じる容姿と、優秀すぎる頭脳。
この男も、この制服を身に纏ったことがあるんだろうか。この制服、といっても色は今俺の手元にある緑ではなく、白と紫根と金の貴族クラスのものだろうか。
想像しようとして、やめる。今、すべきことはそれじゃない。
「……で? 俺にここでストリップでもして見せろと?」
「別に、そういう趣味はないから自室で着替えるといい。ああ、ネクタイは君に誂えたんだ」
「……は?」
言われて、畳まれた制服の山の一番上のネクタイをつまんで持ち上げてみる。
取り立ててなんということもないように見える、それ。
「君によく似合うと思うよ? 《蒼の騎士》殿」
「なんのマーキングだ」
げんなりと、息を吐き出す。
「個人的なものプレゼントだ」
「……」
何を考えてやがるのか、想像もつかない。
「潜入任務の性格上、あんま目立ちたくは無いんだが」
おとなしく地味に、一士官学院生として潜伏して時期を見る。
そのための偽装でしかない。
「そう任務任務と気張らないで、学生生活を楽しんでくるといいと思うよ」
「……すっげぇ、胡散臭い」
爽やかな貴公子然とした笑顔を睨みつけて、受け取った制服を手に部屋へと戻る。
考えたところであの男の真意などわかりかねるだろうし。仲良しグループでもない。ただスポンサーとして、利用しているだけだ。
頭を軽く振って思考を振り払う。
獅子心皇帝ドライケルス一世ゆかりのトールズ士官学院の入学式は、今日だ。
着替えて、最低限の私物を鞄に放り込んでドアを開ければ、あの男がにこやかに待っていた。
「何の用だ? もう、制服は受け取ったしもう用はないだろ」
「なに、私もこれからトールズに向かうから一緒にどうかと思ってね」
「ああ、『臨時理事様』だったか」
「オリヴァルト殿下も、なにを考えておられるのやら」
芝居がかった仕草で肩を竦める男を見やる。俺からみれば、放蕩皇子もあんたも同類に見えるが、な。
「それで、どうするかい?」
「あんたと乗り込んだら、死ぬほど目立つだろうが」
なんのための潜伏だ、と。
言外に込めた拒絶に、男は嘘くさい朗らかな笑みでわかったと答える。
「ではまた、機会があれば会おう、騎士殿」
できたら会いたくなんざねぇなと思っても、口に出すわけにはいかないだろう。御し易いカイエンと違って、参謀の立場である男との連絡は、この先必ず必要になるだろうから。いっそ、その辺りの連携は《G》かヴィータに一任したい気もするが。
「また、な」
本心を隠すこともなく言葉だけで了承して、隠れ家を後にする。これから2年間は、トリスタの寮暮らしだ。そもそも、ジュライを出てからはどこにも『帰る』場所なんかねえんだろうが。
トールズ士官学院。
ドライケルス一世皇帝陛下によって設立された、エレボニア帝国有数のエリート校。士官学院という位置でありながら、その卒業者の進路は様々だ。嗜みや箔付けのために入学する貴族の子女も多い。
この国の明確な階級制度から、クラスは貴族クラスと平民クラスにわかれており、それぞれ高度なカリキュラムが組まれているらしい。
『お勉強』や、帝国軍の士官になることを目標としているわけでもない。この場所にいる必要があるだけだ。
そう考えながら、トリスタの駅を出る。
お貴族様は導力自動車で乗り付けるものが圧倒的に多いのか、鉄道を利用しているのは俺と同じ緑の制服の学生が多い中。一人白制服でやたら人目を集めている奴がいた。貴族としても、随分と変わり者なのだろう。
女子生徒の、尊敬と思慕の色を孕んだ視線と、男共の嫉妬の眼差し。たしかに立ち居振る舞いは、特権階級の者特有の匂いがするが。
貴族クラスと平民クラスで分かれているなら、そう関わり合いになることもないだろうと意識を逸らす。
思えば。これだけ同年代の子供と一緒にいることはここ最近なかった。日曜学校を卒業して働く子供もいるから、それが当たり前だとも、高等教育機関が特殊なのだということもできるだろうが。
帝国内の各地から集まった優秀な学生たち、だ。事をいつ起こすにしても、いずれは敵対するだろう相手。
おそらく、あの白服は『その時』には誰よりも手強いだろうなと脳裏で計算する。姿勢だのなんだのに、隙がない。武芸者、といったところか。
なるべくならば、関わり合いにならないようにしようと心に決めておく。
真新しい制服姿の学生の波に紛れるように、トリスタ駅からトールズ士官学院へと向かう。
名前のチェックと内容のあまりないパンフレットを受け取って受付を済ませて、講堂へ。
伝統といえば聞こえはいいが、かなり設備的には老朽化が進んでいるように見えた。導入したときには最新型だったのであろう導力灯も、随分と年季が入っている。
それなりに使われているだろう講堂でこの有様ならば、ここに潜り込んだ目的の一つである旧校舎の有様はかなりぼろっちいんだろうなと内心で苦笑する。
ただの入学式だろうに、やはりエリート校だからだろうか、それとも皇室ゆかりの士官学院だからだろうか、随分と壮麗なものだ。来賓の歴々の家格も、その礼装を飾る勲章の数々も。式の間、弦楽がカノンを奏で続けているからというのもあるんだろうか。こういう雰囲気的に慣れている白服連中はともかく、周りの緑の平民たちはこの荘厳な雰囲気に飲まれているように思えた。資料に目を通すだけでは得られない空気だろうが。
「世の礎たれ」
学院長の声が、講堂に響く。その威風はさすがと言えるだろう。最盛期とまでは言えないだろうが、その年でも未だ衰えてはなさそうな、眼光と体格。
ここで暮らす上では、まず一番に警戒するべき対象だろう。あとは《死人返し》のベアトリクス教官、か。只者ではなさそうだ。脳内でリストを組んで書き加えていく。
ありがたい訓示自体は、右から左へと聞き流す。礎、ねぇ。
そうこうして式は、滞りなく進んでいく、ように思えた。
その時までは。
バチン、と何かが爆ぜるような音が講堂に響いた瞬間。講堂を照らしていた導力灯の明かりが一斉に落ちた。舞台に上がっていた来賓の悲鳴と、ざわめき出す学生ども。
この程度のアクシデントで動揺する程度で、礎たり得るのか。まわりから見えていないだろうことをいいことに、素のままに笑みを浮かべる。
お手並み拝見といくか、と目を閉じて耳を澄ました。
意味をなさない動揺の囁き声に混じって、別の類いの声も聞こえる。
3つ。
1つは男だ。落ち着いた柔らかな声音で、導力灯の構造について何かを呟いている。余りにも専門的なその内容は、俺ですら完全には理解はてきなかったが、その声の主からすればなんとかできるらしい。
もう一人は、声だけならばおそらくは女だろう、けれど中性的な声音と貴族然とした口調。先ほどの導力に詳しそうな男の手助けをする、と話している。
もう一人は、まるで子供のような声の女だ。けれど、その声の高さとその話している内容がイメージが合致しない。無能に騒いでいるだけの学生どもよりも、よほどしっかりとしてるじゃねえか。
俺がここに来た目的を考えれば。
ここで目立つ行動はあまり良策だとは言えないだろう。ひっそりと、目立たないように。息を潜めて一学院生として二年間、暮らすことが得策だ。
けれど。
「……面白そうな連中がいるな」
この程度のアクシデントでも、自分たちでなんとかしようと動く奴らがどの程度やってのけるのか見てみたい、と。
好奇心に、天秤が傾く。
今回だけならば、それほど目立つ事もないだろう。今頑張っているらしい、名前も知らない3人をほんの多少、手助けしてやる程度ならば。
手柄なんぞ、その3人にくれてやる。そう考えて、ゆっくりと立ち上がった。
すぅ、と深く息を吸う。
閉じていた目を開けば、多少暗闇に慣れたんだろう、微かに周りの状況は見えた。おたおたと浮き足立つ学院生の中に、不自然なほどに小柄な少女の影が、なんとか周りを落ち着かせようと話しているが。あの声とあの姿じゃ、あなどられちまってるんだろうな。周りの大柄な連中より、よほどしっかりと周りが見えてるだろうに。
しょうがないかと苦笑して、そちらへと歩み寄る。
受付で配られたパンフレットを円錐形に丸めて、即席のメガホンにする。
「おら! うるせえぞてめえら!」
一声だけ。
意図的に、仲間に檄を飛ばすときのように声音に力を込めて。烏合、というにはエリートなんだろうが、それでも照明が切れた程度で騒ぐ連中を落ち着かせるにはその一声で十分だったらしい。
僅かに、ざわめきが静まる。
その隙を見計らって、小柄な影に即席メガホンを投げ渡した。
「ありがとう…! みんな、落ち着いて聞いて!」
多少、落ち着きを取り戻し始めていた学生どもが、少女の声に耳を傾ける。
「今、有志が導力灯の復旧をしてくれています。それほど時間もかからないそうなので、自分の席に座って落ち着いて待っていてください。お願いします」
この状況なら、もう俺のやることはねえだろう。あとの3人に任せればいいかと席へ戻ろうとした刹那。
切れた時と同じように、唐突なほどにぱっと、導力灯の明かりが戻った。
講堂の導力板の前に、導力灯修理をしたらしい平民クラスの男子学生と、そいつを導力板まで届かせるように大の男を肩車していたらしい、白い貴族クラスの制服のーー女、だろう。声からすれば。
けれどそいつは、トリスタ駅で見かけた、まわりの女子生徒の視線を集めていた男子制服姿だ。男装の女だったのかよ、あいつ。
「重くてごめん」
「私はこう見えて鉱山で働いていたこともあってね、筋肉ダルマの鉱夫よりは軽いものだよ」
貴族のわりに、やはり随分と変わり者らしい。
そして、俺が投げ渡した即席メガホンを手にした少女。明るい導力灯のもとで見てもやはり子供のように見えるが。
「ありがとう、君が声をかかてくれて助かったよ」
ほわりと笑いながら、けれどその芯の強さは揺るがない眼差しで俺をしっかりと捉えていた。
「別に俺は何もしてねえよ」
おそらくは。
俺が出しゃばらなくともこの少女と、あの2人ならばなんとかなっていただろう。
謙遜でもなく事実として。こんなに早く復旧すると予想はしてなかったしな。
あの男も何者だ?
見やれば、あの男女の肩車から降ろされているところだった。
「あの2人と君のおかげだね。私はトワ。トワ・ハーシェル」
にこりと笑って自己紹介されて、内心で嘆息する。
一時の好奇心に負けて、実は関わってはならない相手と関わり合いを持ってしまったんじゃないだろうか。
差し出されたパンフレットを受け取りながら、笑みを作る。
「クロウ・アームブラストだ。いい手腕だったな、トワ」
優秀であろう存在とは、なるべくは敵対したくは無いが。
かといって、必要以上に馴れ合うことは隠し事をしている身としては、あまり歓迎できることでもない。
無難に。自然に。学生としての分からはみ出さないように。
作った笑顔の裏で、頭をめまぐるしく使う。
そうして、もう2人の、この騒動における功労者が互いに名乗っている声が聞こえた。ジョルジュ・ノームと、アンゼリカ・ログナー。
ログナー侯爵の一人娘、か。んなのがいるなんぞ聞いてねえぞ、と脳裏に浮かんだスボンサーを詰る。あのおっさんのことだ、こちらの都合など考えもせずにていのいい駒だとしか思ってねえんだろうが。
そして、あの導力に詳しい平民クラスの男の、ノームという姓。
最初に思っていたよりも。ここには『何か』がありそうだと内心でほくそ笑む。
「アンゼリカ・ログナー、ジョルジュ・ノーム、トワ・ハーシェル、それにクロウ・アームブラスト、ね。入学早々、面白いものを見せてもらったわ」
この場にいただろう学院長を初めとした士官学院の教官たちが導力灯が落ちていた間はなんのアクションも起こさなかったのは、何故か。
その程度のことを、考えていなかった自分に苦笑する。
「名前をあげた4名はここに残って。あとの学生は解散、各自の教室に戻って」
士官学院の教官、というには違和感しか覚えない女が指示する。学生たちも、急に現れた女の言葉に戸惑っているようだったが。
「紹介がまだだったわね。サラ・バレスタイン、今日から戦闘教練の臨時教官を任されました」
ピシッ、と。音がしそうなほどの綺麗な敬礼をしてみせる。
彼女の横に学院長が立っていればその指示に従わないわけにも行かなかったのだろう。ぞろぞろと講堂から出て行った。
残されたのは、俺を含む4人の学生と、教官。そして。
「済まなかったね。試すような真似をして」
笑みを浮かべる、放蕩皇子。
理事長への内定が決まっているんだったか。
「元々、君達が候補に挙げられていたんだが、少し確信が欲しくてね」
「……何の候補、だ?」
名乗らない、ということは。皇族だとか、理事長内定者だとか。そういった扱いを望んじゃいないんだろう。
敬語でもなく訊ねれば、皇子のお守りらしいミュラー大尉がこちらを睨みつけてきた。知るかよ、文句があるならあんたのところの皇子に言えばいいんじゃねえの?
「それについては私から説明させてもらうわ」
学院関係者の中に割り込んできた声に、一斉に視線が講堂の入り口へと注がれる。
金髪の、いかにも仕事の出来そうな女性が、やたら綺麗なメイドを連れて立っていた。
「イリーナさん、お久しぶりです」
ログナー侯爵の娘が驚いたように声をかける。
イリーナ、という名前に覚えがあった。──イリーナ・ラインフォルト。
かのラインフォルト社の女社長、か。
お偉いさんが勢ぞろいのこの状況は、一体どういう茶番なのか。
「次世代戦術オーブメントーーARCUSの試験を、貴方達4人に手伝って貰いたいの」
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