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 母が死に、それまで会ったこともなかった『実の父』に引き取られることになった。
 叔父の家に身を寄せるという選択肢もあったけれど、子供を引き取って育てるということはそう容易いものでもないだろうと遠慮した。嫌いだから、ではなく叔父を好もしく思うからこその、選択。
 けれど。
 貴族の生活というものは、母と下町で暮らしていた頃に想像していた以上に。それまでの常識が通用しない世界だった。
 恐らく、父はこの国において誰よりも『貴族らしい』貴族なのだろう。公爵という爵位も、四大貴族と数えられるアルバレアという名も。全て。

「ユーシス様……」

 困ったように、俺の名を口にする従僕を見やる。彼もかわいそうに。目指していたのは父か兄付きの従者だろう。庶子の次男坊なんかについた時点で、彼のこの屋敷での出世の道の険しさは増しただろう。

「服くらい、自分で着れる」

 ずっとそうしてきて。それが当たり前だったんだ。
 いきなり違う世界に来て、甲斐甲斐しく世話をやかれても。
 煩わしさが先立つ。
 子供の俺が取りやすい高さで捧げ持たれた服を手に取る。
 触れただけで、違いは察せる上質の布と、仕立て。この服一枚を仕立てる金があれば、下町で一年は暮らせるんじゃないだろうか。もっとも、それすら、アルバレアにとっては『たかが子供の服一枚』の話なのだろうが。
 選択を誤ったかと内心吐き捨てながら、それを羽織る。
 会ったこともない父が用意させただろうその服は、俺にぴったり合うサイズで。その事実に覚えたのは感動よりもずっと暗い、嫌悪にも似た感情だった。
 飾り彫刻のなされている小さな貝釦はひどく実用性に欠けているというか、子供の手ではひどく留めにくかった。ひらひらとしたリボンめいた装飾も、俺を随分と手こずらせてくる。
 『召使に着せつけてもらう為の衣装』なんだろう。そして、『アルバレア家に名を連ねる者として相応しい』装い、なんだろう。
 従僕の、気遣わしげな視線を、感じる。
 それでも。
 俺自身が拒否した手伝いを、今更頼むには。俺のプライドは子供ながら高すぎた。平民など目にも入れないような貴族やその使用人相手に、平民育ちとしての意地を張った、というか。
 母が生きていた頃は、それなりに何でも器用にこなせる方だった自負もあったんだろう。
 それが、ただの過信だったことを、心底思い知らされた。
 なんとか自力で身につけはしたものの、リボンは歪で、凡そ『アルバレアらしからぬ』着こなしにしかならない。それでも。泣くわけにもいかず、ただ不機嫌に眉を顰めるくらいしか自分に許すことはできない。
 子供じみた意地を張ったから。
 従僕は、おろおろと気遣わしげな視線は、ただひたすらに自己嫌悪を煽る。
 結局のところ、俺は何もできないただの子供なんだろう。居た堪れない空気に包まれた自室に、ノックの音が響いた。
 従僕と2人、目を見合わせる。

「……誰、だ?」
「確認して参ります」

 綺麗な姿勢で一礼して、従僕がドアへと向かう。けれど、彼が手をノブに触れるよりもはやく、それが動いてドアが開かれる。
 その人が存在するだけで、部屋の空気はその人に支配された気がした。

「我が麗しの弟君の準備はできたかな」
サイト掲載日 [2014年6月7日]
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移転:2017/06/17
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