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「おまえは、自分がどれだけ人を惹きつけているか……思い知るべきだろう」



 十月下旬。
 ライノの木は朱く紅葉し、木枯らしが吹く秋。
 波乱尽くめの学院際も――その後に齎されたガレリア要塞の異変に関する情報。不安定な政情にトリスタの人々や学院のみんなも不安げに、けれどそれぞれの日常を過ごしていた。
 俺たちも例外ではなく、この先に起きうる状況への不安を飲み込んで学院生活を過ごしていた。

「リィンくん、いつもありがとう。でも無理しちゃダメなんだからね」
「大丈夫です、トワ会長こそ無理しないでくださいね」

 俺が手伝えることなら何でも言ってください。
そう告げればトワ会長は複雑そうな笑みを浮かべた。
気丈にいつも通りにふるまっているトワ会長も、現状が現状だけにその仕事量はいつも以上で。生徒会役員の何人かも、休学届を出して実家に戻ってしまっているらしい。
自由行動日ではなかったけれどついつい見かねて手伝っているうちに日が暮れる毎日だった。正式な生徒会メンバーではないからあくまで雑用を手伝うだけだけれど。
 片付けるように指示を受けた本を返して学生会館へ戻る途中。声をかけられてグラウンドの体育館倉庫裏へと呼び出された。
 白い制服の貴族クラスの女子生徒だ。またいつもの要件だろうと思うと、清々しい秋空とは相反した生暖かい気分になる。
 実をいうと入学してから結構あったことだ。あのころは直接手渡してくださいと断っていたけれど。

「あの! Ⅶ組のライブを見てユーシス様のファンになったんです! これ、お渡ししてください」

 90°の最敬礼で捧げ持たれたかわいらしい封筒はおそらくファンレターなんだろう。
 学院際でⅦ組のみんなでライブをやって以来。こうして手紙を受け取ることは多くなった。クロスベルとの政情を考えるとこんなのんきなことをやっていられないとも思うけれど。
こんな状況だからこそ今できるかぎりに好意を伝えたいという気持ちは理解できなくもないから無下に断ることもできず、ひきつった笑みを浮かべたまま受け取らざるを得なかった。
 今日だけでこうして捕まるのが七回目だ。
 うちわけはユーシス宛三件、マキアス宛二件。エリオット宛ガイウス宛がそれぞれ一件。ユーシスやマキアスと違ってあの二人なら部室にいったら受け取ってくれそうだから少ないんだろう。
 エマをはじめ女子への手紙を預かることはあまりなかった。こういうものが男子にばかり来ているとも思えないから、おそらくは彼女自身が受け取っているんだろう。
エマファンの男子生徒としても俺なんかを通じて渡すより本人に手渡ししたいだろうし。
クロウ宛がない理由は知らない。クロウの場合は本人が受け取ってそうだ。

 渡しておくよといって受け取ってしまった封筒を夕陽に翳して嘆息する。
 ユーシスやマキアスあての手紙を俺が受け取る羽目に陥っているのは、あの二人がこの手のファンレターを受け取らない性格なのもあるけれど、それ以前に機会があまりないからだろう。
Ⅶ組の教室にいるか部室にいるか寮に帰っているか。
 今の帝国の現状において、特にあの二人の立ち位置は複雑で。それを彼ら自身もわかっているからこその行動だろうけれど。
 別に俺は彼らの窓口なわけでもないんだけど。一番学内で捕まえやすいのがよく学院内を走り回ってる俺なんだろう。
 正直なところ、気が重い。
 ユーシスとマキアスにボーカルをまかせたのはクロウの案だったけれど。俺もあの二人ならうまくやれると思ったし実際俺が思っていた以上のステージだった。だからこそのファンの増加なんだろうけれど。
 ドロテ部長をはじめ帝国子女の嗜みらしい趣味の方々のお気に召してしまったらしくていろいろと大変らしいと聞いたときには、内心で「俺ギターで目立たなくてよかったリュート教えてくれてありがとう父さん」とちらりとでも思ってしまった引け目もあって。
 封筒を、今日他に受け取った封筒と一緒に鞄に入れて。学生会館へと向かって足を速めた。



「ユーシス、ちょっといいか?」

 夕食後。
 あの後も結局何通か預かることになった封筒の束を手にユーシスの部屋のドアをノックする。
 入れという声は、少し疲れているように感じた。

「忙しいところごめん、ユーシス宛の手紙預かってきてさ……とりあえず手作りのお菓子とか市販品でも食べ物は全部断ったんだけど」
「またおまえは」

 机に向かって座っていたユーシスを振り返って、ため息をついた。
 ふわりと淡い金髪が揺れる。氷青色の双眸に宿るのは、疲れと――かすかな苛立ち。

「ごめん、でも学院際のときのユーシスやマキアスかっこよかったし。俺も無理言ってボーカルやってもらったから断りきれなくてさ……ほんとごめん」
「あやまるな。別におまえに対して怒ってるわけでは――いや」
「ユーシス?」

 首を傾げ見つめていると、ゆらりとユーシスが立ち上がった。
 手紙の束を渡そうと伸ばした腕を掴まれ、首を傾げる。
 渡すべきなのは手紙で。俺の腕を掴まれる理由がまったくわからず、かなり間の抜けた顔で見上げる。
 俺を見下ろす眸に、痛みに似た色が浮かぶ。
 ユーシスの眸はきれいだ。空のように澄んでいて。だからそこに浮かぶ感情も見てとりやすい。あまり表情が大きい方じゃないけど感情豊かなことは、知ってる。

「ユーシス、どこか具合悪いのか? シャロンさんに薬頼もうか?」

 腕を掴まれたまま、口にする。

「……お前は鈍いのか敏いのか、本当にわからん奴だな」

 長い溜息の後、ユーシスが低く呟いた。
 聞き返そうとする暇もなく、掴まれた腕を強く引かれてベッドへと仰向けに押し倒される。

「へ……?」

 持っていた封筒が、ばさりとシーツに散らばった。
 吐息が触れるほどの距離に、ユーシスの貌がある状況に鼓動が跳ねる。
 こうして見上げれば、同性とはいえ本当に綺麗な顔立ちをしていると見惚れてしまう。春の陽光を紡いだかのような希少なプラチナブロンドに白磁の肌。アイスブルーの双眸は宝石みたいにきらきらと光を透かしていて。
 まるで、空の女神みたいだと思う。

「薬は要らん、むしろ薬が必要なのはおまえのほうだ」

 リィン。
 そう、耳元で名前を呼ばれて、ぞくりとする。
 なぜ、こんな状況になっているのか、理解は追い付かない。

「以前にも言ったはずだ。お前は傲慢だと」

 翡翠の都での実習の晩を思い出して、とらわれていないほうの腕を伸ばしてそっとユーシスの頬に触れて微笑む。
 どこか痛いのなら、癒してやりたい。
 だからそんなに切なげに眉を寄せることなんて、ないのに。

「ごめん、思い知らされてもそれでも俺は俺だから」
「それはわかっている」

 俺の方こそ、思い知らされた。
 ユーシスには似合わない自虐の色を浮かべて吐き捨てるように言われる。
 本当にごめん。でも、この癖を治す方法なんてわからないんだ。俺には。
 俺にできることならやる。俺の腕二本だけじゃ、支えきれないこともわかっていても手を伸ばしてしまう。
 我ながら呆れるほど強欲で傲慢だ。
 それでも。
 手を伸ばさないという選択を選ぶことはできない。
 頬に触れた手を伸ばして、ユーシスの髪に指を絡める。
 細くしなやかな極上の絹糸みたいな。想像していた以上のその手触りに、うっとりと目を細める。

「まったく……おまえは」

 間近でユーシスが苦笑して。
 唇に何かが触れた。
 軽く押し当てられて、離れたその感触。

「おまえは、どんな男を惚れさせたのか思い知るべきだ」

 声、というにはあまりにも低い囁きに、目を見開く。

「ユーシ……っんん……っ」

 キス、されていたのかと回らない頭がようやく理解した頃には、再び食らいつかれていた。
 一度目みたいな、触れるだけのそれじゃない。
 口の中に暖かくやわらかなものが入り込んで、開いたままだった歯列を舐めあげられる。別の生き物のように器用に動くそれがユーシスの舌だと気付いて。
 ――顔から火が出るかと、思った。

「いやなら、殴ってでも止めろ」

 距離のない状態でユーシスが囁くのを、見上げる。
 何故、視線が交わらないんだろう。白磁の肌は、うっすらと朱をさした様に色づいている。

「悪いが俺はもう止まってはやれないからな」

 嫌なら拒絶しろと脅されて、どうするべきか本当にわからなくなる。
 嫌なわけではない。びっくりはしたけれど、生理的な嫌悪というものを少しも感じない自分に対してのほうが大きい。
 ユーシスにされることなら、俺は嫌じゃないんだ。
 でもユーシスは?
 アルバレア公爵家の二男としてのユーシスが、素性の知れぬ俺を友人として扱うだけでも反感は大きいだろう。それ以上の関係を結んでしまうのは、ユーシスの将来を考えると望ましくないんじゃないだろうか。
 父さんが俺を引き取ったせいで被った謂れのない中傷が脳裏を過る。
 髪に絡めていた手を放し、そっとユーシスの肩を押した。
 重なっていた口づけが、一度解かれる。

「ユーシス、よしてくれ……頼む」
「俺は言ったはずだ。嫌ならば殴りつけてでも逃げろ、と。おまえの力ならば容易いだろう?」
「嫌じゃない。でも、駄目だ」

 肩を押していた手を解いて、腕で自分の視界を閉ざす。
 ユーシスはまっすぐで、眩しくて。目も脳髄も焼き切れてしまいそうになる。こんな存在を俺のせいで地上に引きずりおろしてしまうことは許されない。
 オリヴァルト皇子が俺たちに求めていた光。Ⅶ組自体もそうだけれどその中でもユーシスの存在は光そのものだと思ってる。容姿も性格も行動も。貴族でもあり平民にも慕われるユーシスだから。

「……阿呆が」

 呆れたような声に、内心で同意する。

「おまえのことだから大方、俺の前途を心配しているんだろうが杞憂すぎるぞ、リィン」
「杞憂じゃない。父さんは社交界から遠ざけられたし今でも誹謗されてる」
「シュバルツァー男爵はそれを何一つ嘆いてはいないだろうがな」

 声音が、優しくなる。閉ざした視界の中で、ユーシスが笑った気がした。

「俺だって、そうだ。それに俺はもともとが庶子だからな、慣れている」
「…ユーシ、ス」

 違う。
 そんなことを言わせたかったんじゃない。俺は。

「地位に執着するつもりはない。己の大切な人一人を幸せにできないならば、貴族の誇りなど守れるはずもないだろう」

 喉の奥が、熱く痛みを訴える。
 上がりかけた嗚咽を、奥歯を噛みしめて無理矢理に飲み込んだ。
 駄目なのに。拒絶しなければいけないのに。
 ユーシスが俺を大切だと思ってくれている現実が、怖くて。震えが走るほどに嬉しい。
 己の強欲さに、ほとほと呆れる。

「嫌ならば俺を殴りつければいい。それができないならば強情を張るのはやめろ。諦めて大人しく受け取れ、リィン」

 三度。
 重ねられた唇を、拒絶することはもうできなかった。



「あまり声を上げるな。聞きたいのはやまやまだがレーグニッツあたりに聞きつけられれば様子を見に来るかもしれん」

 囁きに、蒼白になりながらこくこくと頷く。
 みられるのは良くない。主にユーシスの名誉的に。
 やっぱりやめようと訴えたくても、何かのスイッチが入ってしまったらしい公爵家の二男は止まってくれそうにない。
 最初は自分の指を噛んで声を押さえていたけど、噛み切ってしまったことに気付いたユーシスに舐めて治療された上に与えられたのは、ユーシスがいつもつけている制服のネクタイで。
 噛まされて、頭の後ろで縛られている。腕は自由だから取り外すこともできる程度だけれど。
 外さないのは俺の意思だと、自覚させ続けられている気がする。
神聖なはずのそれを、こんな行為に用いる罪悪感が絡みついてくる。
 ユーシスの匂いのするベッドの上で、上衣の裾から侵入したユーシスの掌が脇腹を滑り胸板を撫で上げるのを、情けなく身を震わせながら受け入れるしかない。
 恥ずかしくて、ユーシスを見上げることができずに目を閉じれば。触れられる感覚がよりリアルに感じて慌てて目を開いて少しでも快感を逃がそうと首を横に振る。
 自慢にもならないけど、人を抱いたことはもちろん、抱かれる側になったこともない。
 これほど近い距離で人と接した記憶がない。
 触れられているだけで気持ちがよすぎて、これ以上進めばどうなってしまうのか恐ろしくて。溺れてしまいそうで。
 自由を与えられた両手で、ユーシスのシャツに縋りつく。
 
「リィン」

 ユーシスの声で名前を呼ばれるのが心地いい。まるで鐘の音のような響きを以て俺の存在を呪縛していく。
 水の底に沈みそうな俺を、救い上げてくれる。
 かちゃりと響いた金属音に、ふと我に返ってあわあわとユーシスを見上げる。
 やはり、殴ってでも止めるべきだったんじゃないだろうか、これは。
 気恥ずかしくていたたまれなくて、ぎゅっと目を瞑る。
 容易く外されたバックル。下着ごと、ズボンを引き抜かれる。
 せめて部屋の明かりが暗ければ。そう願っても、導力灯の明かりはスイッチを押さない限り消えてはくれない。
 目を閉じていても、俺に向けられている意識と気配は感じてしまう。気配に敏い自分が疎ましくすら、思えてきてしまうほどには羞恥はある。
 ユーシスのネクタイをぎりっと噛んで、それに耐える。

「そう固くなるな。それほど見たくないのならば目隠しでもするか?」

 苦笑とともにかけられた言葉に、慌てて首を横に振る。
 猿轡は状況的に仕方がないと妥協しても、目隠しまでしてしまえばそれはそういう趣向であって言い訳も何もできない気がする。
 キスすら初めてだったのに、最初からコアな方向に走りすぎるのもどうなんだ。

「ならば目は開けておけ。別にいじめたいわけではないからな」

 ふわりと、ユーシスの手が、髪に触れた。
 轡を噛まされたままの唇に、熱が触れる。
 それに安心して、恐る恐る薄目を開ける。

「……んっ?」

 いつの間にか、ユーシスの手には小さなガラスの小瓶が握られていた。

「見えている方が、怖くはないだろう」

 青い双眸を、悪戯っぽく細めてユーシスは持っていた小瓶のふたを開けた。
 ふわりと鼻腔をくすぐるグリーンノートには覚えがある。咥えさせられているネクタイやこの部屋にもなじんでいる、清々しいユーシスらしい香り。
 香油のビンだったのかと思いながら、けれどそれをどう使うのか想像もつかず首を傾げる視線の先で、ユーシスはその小瓶を傾けた。

「……っふ」

 冷たさに、身を竦める。
 とろりとろりと剥き出しの下肢に垂らされる香油。普段感じる残り香よりも濃厚な香気が、部屋に広がっていく。
 小瓶一本分たっぷりと塗されて、空になった小瓶を再びポケットにしまう姿をぼんやりと見上げる。
 ユーシスの手が、どろどろに濡らされた下肢へと伸びて冷たさに萎えたままのものを捕えられネクタイを噛みしめた。
 自分以外に触れられたことなんてない。ユーシスの手だというだけで、びくりと震えて反応してしまう己の浅ましさに、じわりと視界が滲む。
 垂らされた香油のせいだけじゃない濡れた音に、耳を塞ぎたくなった。
 自分が覚悟して想像していた以上に、実際の行為は生々しくて底知れない。
 手入れの行き届いた指先が、形を変えた欲望を撫でる様に眩暈がする。ぬめりを伴って裏筋をきつく擦りあげられて、陸にあげられた魚のようにみじめにのた打ち回ることしかできない。追い上げられて腰を焼くように熱が溜まって、出口を求めて澱んで重さを増していく。
度を超えた快感に息が上がって溺れてしまいそうで。必死に手を伸ばしてユーシスにしがみ付くことでなんとか耐えようと足掻く。
 ユーシスはそんな俺の意地すら見透かしたように、かすかに笑う。

「いきたくないなら、縛るか?」

 笑みとともにささやかれた言葉に、ふるふると首を横に振る。
 初心者なんだ。そんな恐ろしい真似はさすがに遠慮したい。

「そうか、残念だ」

 涙で滲んだ視界の先で、あまり見たことのない性質のよくない笑みを捕えたと思うと、ユーシスが先端の弱い粘膜にぎりっと爪を立てた。

「…っん、ふ……ぁっ」

 強烈な刺激に、頭の芯が真っ白に塗りつぶされる感覚。
 背筋が震えて、きつく緊張して弾けた。
 ああ、出してしまったんだと脳裏で空の女神に懺悔する。こんなことで懺悔される女神に本当に申し訳ないとも思うけれど。
 肩で息をしながら、ユーシスの手に吐き出してしまった罪悪感に、目を伏せる。
 えっと。これから俺はどうすればいいんだろう。
 俺もしてもらったように、ユーシスを手で慰めればいいんだろうか。
 吐き出したはずの熱に浮かされた頭はいつも以上に回転がよろしくない。
 それでも思いついたことを行動に移そうと、おずおずと腕を伸ばしてユーシスのベルトに手をかけた。
 その手をやんわりと握られ、シーツに押し付けられる。
 あれ?
 俺間違えた? じゃあ何が正解だったんだろう。
 見上げたユーシスは、しょうがない奴だというように笑った。

「それはそれで悪くはないが、今はおまえに『思い知らせてやる』ことが先だ」

 ますます意味が分からない。
 回らない頭で必死に答えを探そうとしても。ふわりと触れるようにキスの雨を降らされて思考が解けてまとまらない。
 そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ。
 そこからもう一度考えてみた方が。そんなことを考えていた矢先。

「……っぐ、ぁ…?」

ユーシスの手が俺の太腿をなでて脚をぐっとあげられ体を折り曲げられた。
膝がシーツにつきそうなほど。とらされた体勢にさすがに慌ててユーシスの肩を押してのけようとしてもびくともしない。
 頼むから退いてくれと願っても、女神も当のユーシスも叶えてくれそうになくて泣きたくなる。
 いや、もう涙は流れている気がする。いつからだっけ。
 いつから俺は、泣いてなかったんだろう。

「リィン」

 ふわりと与えられたぬくもりに、しがみつく。泣き顔なんてみっともなくて、見られたくなくて。ユーシスの肩口に、額を押し付けてじっと息を殺す。

「……相変わらず強情だな」

 喉奥で笑ってユーシスが尻を撫でた。想像もしていなかった行動に、しがみ付いた姿勢のままぴしりと硬直する。

「まぁ、そのほうが暴く楽しさはある……か」

 自分で見たこともない奥の窄まりを指先で撫で上げられて上がった悲鳴は、噛まされていたネクタイに吸い取られた。
そんなところに何の用があるのかわからず、見知らぬ刺激に溺れないようにユーシスの肩に縋りつく。
 香油と吐き出した白濁の滑りを助けに、何かがつぷりと中へとはいってくる。痛みは感じないけれど、ひどい異物感に涙が溢れた。殴りつけるどころか押しのける力もなく、抗議の意を込めてしがみ付く肩に爪を立てる。服越しだから大したダメージじゃないだろうからたぶん大丈夫。ユーシスに傷はつけてないと思う。
 入れられた何かが、入口近くをぐるりと撫でるように動く。閉じているそこをゆっくりと開かせていく。何を入れられているのか考えるのは早々にやめておいた。
 無理矢理、ではない。気遣うような優しさをにじませながら、それでも止まってはくれない。最初に殴りつけなかった時点で、俺の負けだったんだろう。
 ずるりと腸壁越しにその場所を撫で上げられて、震えが走った。

「…ふ、ぅ……んっ、ん」

 押されるたびにびくびくと背筋が跳ねるのを、抑えることもできない。
 ネクタイを噛まされていなければ、声を抑えきれなかっただろう。この寮の壁はそこまで防音は効いていない。エリオットのバイオリンの音色も俺の部屋で聞こえるくらいだ。
 それでも、呻くような押さえた自分の声なんて聞くに堪えないのに。押さえようと思っても制御できない。
 自分の体の内に、そんな場所があることなんて知らなかった。
 剥き出しの快感を暴かれて晒されて、思い知らされる。神経が焼き切れてしまいそうな刺激に、それを与えている相手に縋りつく矛盾に気づく余裕すらない。
 助けてくれユーシス。
 気持ち良すぎて、おかしくなりそうだ。
 いや。
もう、すでにおかしいんだろう。堰を切ったように涙は止まらないし、一度抜いた欲は再び硬度を取り戻して浅ましくとろりと蜜を溢れさせている。
 隠すこともできず、すべてがユーシスの目の前に晒されてしまっている羞恥で。もう消え去ってしまいたいほどなのに。
 中に入れられていたものが増やされて、おかしくなる場所ばかり責め立てられる。
 いつまでこの責め苦が続くんだろう。
 強烈すぎる快感から逃れようとベッドをずりあがっても、腰を掴まれて引き寄せられてさらに深く、感じさせられる。
 恐ろしい、と思う。
 愉悦は、あの獣の力を開放するときに似ている気がする。内なる力を暴走させて他者を屠ることを悦ぶもう一つの俺自身に。
 乗っ取られそうな、溺れそうな感覚が怖くて、もがいて噛まされていたネクタイをひっぱり下ろす。
 苦しい。
 首を絞められるよりももっと、奥底からじわじわと浸食されていくようで。大きく口を開けて、足りない空気を取り込もうとする。まるで肺が水に満たされたようにうまく呼吸ができない。

「ユーシス、ユーシ、スっ…」

 助けてくれ。
 言葉にならない訴えに、ユーシスはしょうがない奴だというように俺の頬に触れて唇を与えてくれた。
 何度目だろう。
 幾度触れてもいまだに慣れないそのやわらかなぬくもりは、けれどどこか安心できる。
 ようやく得られた酸素を求めてむさぼるように、必死でその下唇に吸い付いて、食み貪る。
 なんだろう。
すごく、気持ちがいい。
 ユーシスに抱き着いてキスされて落ち着いてみれば、恐怖しか感じなかった強すぎる未知の感覚は強烈な快感へとすり替わっていく。
 もうすこしで達せそうだと、縋りついていた手を放してはしたなくも自分の欲へと伸ばす。再び手首を取られシーツへと押し付けられた。
 なぜ、と視線だけで問う。
 神経の焼き切れた頭は、気持ちいいと出したいとでいっぱいで他のことを考える余裕すらないのに。
 普段の氷のような青よりも少し赤みを帯びた勿忘草色の双眸が俺を見つめて笑った。
 追い上げるように蠢いていたものが引き抜かれていく。あれほど怖かった刺激が止めばそこはじんわりと疼く。

「お前のそういう顔というのも珍しいな、リィン」

 ささやかれた声に、ひくりと体が反応する。
 言葉の意味を考えるには思考が追い付かず、融かされた後ろに熱い何かが押し当てられた。

「……っ、!」

 上がりかけた悲鳴は、喉の奥で蟠って硬直して、飲み込むこともできずただ茫然と目を見開く。
 涙でぼやけた視界は、うまく焦点が定まらない。
 圧迫感とともに粘膜を擦りあげられ、串刺しにされて頭の中が真っ白に塗りつぶされてちかちかと星が瞬いている気がした。
突き上げられるたびに開いたまま閉じることのできない口からこぼれるのは、不安げな獣の鳴き声のようなか細く甲高く震える音で。それが自分の声だなんて思えない。思いたくない。
ひどく間近でユーシスがなにかを言っているけれど、内容は頭の中にまで届かない。ただいい声だな、好きだなと感覚で捉えるだけで。

「ユーシス」

 揺れる視界の中で、ユーシスのプラチナブロンドが眩しくて目を閉じた。



 くったりとシーツの海に沈んだまま、ぼんやりと天井を見上げる。お互いにどろどろになってしまった服は脱ぎ捨てて代わりにユーシスのシャツを羽織らされて袖の余り具合にちょっと落ち込んだりもしたけれど。

「……一生分、泣いた気がする」

 泣かされた、というほうが正しいんだろうか。
 じっとりと見上げれば、ユーシスは涼しげな顔でまっすぐに見つめ返してくる。いつもと、何も変わらないそれに、こちらだけがあわを食うのもなんとなく癪だ。
 『行為』の意味は読み解けないけれど、なんとなく聞く気にもなれない。たぶん、考えて自分で見つけるべきなんだろう。

「……っそうだ! 手紙!! …っ痛」

 うっかり忘れ去っていた、この部屋にきた目的に思い至って、持ってきた封筒の束を探そうと起き上る。
 瞬間走った痛みに、ふたたびベッドに逆戻りさせられた。
 止まったはずの涙がじわりと滲んだのは痛みのせいじゃないと思う。

「これか?」

 ユーシスが拾い上げたそれは、すこしくたびれてくしゃっとなってしまっていて。
 預かった手前、申し訳ない気持ちになる。

「……そんな顔をするな、ちゃんと目は通す」
「ああ、申し訳ないけど頼む」

 メッセンジャーとしては読んでさえもらえたらそこで仕事終了でいいだろう。あのライブでのユーシスのかっこよさは、俺もよく知ってるし。
 ほっとしながら見ていると、ユーシスは大きくため息をついた。
 くしゃりと俺の髪を、撫でる。

「ユーシス?」
「わかっていないのか?」
「……何をだ?」

 別に何もかもを知っているなんて思いあがってはいないけれど。
 見上げたまま問えば、ユーシスは再びため息をついて手紙の束を俺に翳すように見せる。

「この手紙のうちの何通かは、お前宛なんだが」
「……ぇ?」

 言われたことが一瞬理解できない。
 宛先は毎回しっかりと確認しているつもりだ。今夜もってきたのも、しっかりとユーシス・アルバレア様宛のもののはずで。

「俺をだしにしておまえと話したかったとかいう内容を何通読まされたと」
「……意味が、わからないんだけど、それ」

 なんでそんな回りくどいことをするんだろう。エリゼやアリサもだけど、女の子の考えることはよくわからない。

「おそらくお前が朴念仁すぎるからだろうな」
「……なんとなく、ユーシスにだけは言われたくない言葉だな、それ」

 思わず半眼になってしまう。

「お前はお前宛の手紙を直接渡されても受け取らないだろう?」
「そんなことは、ない……と思う」

 多分。受け取りはする。
 けれど受け入れるかどうかは自信はない。その場に俺がいるのに、わざわざ手紙でまで伝えたいということがわからない。目の前にいるなら言葉で十分じゃないか?
 眉根を寄せれば、ユーシスがぐりぐりと眉間をつついてきた。

「自分が好意を抱いている相手に、目の前で拒絶されるくらいなら。口実でもなんでもかこつけて話だけでもしたいという考え方の連中もいるんだろう」
「そんなものなのか?」

 ますますわけがわからなくて、とりあえず考えることを放棄した。

「とりあえず今度から受け取ったら中身も確認した方がいいかな……今まで食べ物とか生もの入ってないかだけはチェックしたけど」

 宛先が間違っているなら、まずいんじゃないだろうか。と相談すれば、ユーシスは呆れたように三度ため息を吐いた。

「そこまでする必要はないだろう。それ以上お前は自分の負担を増やそうとするな。それにお前は見ないほうがいいような内容も多い」

 遠い目をして疲れたように呟くユーシスに心の底から同情する。それでもちゃんと目を通してくれるんだ。律儀というか真面目というか。

「ユーシスってなんだかんだいって人がいいよな」
「それこそ、お前には言われたくないな」

 くっ、と喉奥で笑って、柔らかく目を細める。

「それに俺はリィンほどお人よしではない。好意を抱いてる相手が他の女からの手紙を届けに来て、平静でいられない程度にはな」
「……ユーシス?」

 えっと。つまり。
 だから、手紙を渡そうとした時に苛立ってたのか?
 視線で問えば。ユーシスはゆったりと俺の髪を撫でた。

「まだ母が生きていたころ、月がほしいと強請ったことがある」
「なんだか微笑ましいな」
「俺にだって子供だった時代はあるからな……母は、皿に水を入れて窓辺に置いてくれたんだ」

 それで一晩は、月を手元に置いておくことはできるから、と。

以前ハーブチャウダーをいただいたときも思ったけれど。ユーシスと話しているとさらにその思いが強くなる。

「月がほしいと嘆くよりも、月を手に入れてしまえばいい」

 ユーシスは眩しげに目を細めた。
pixiv [2013年11月10日]
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