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「……っ」

 口を塞ぐ、大きな掌。
 なんとか逃げようと足掻いて身を捩ってみても、体格の差かびくともしない。両腕はたやすく後ろ手に掴まれてしまっている。
 俺なんかを、捕まえたがる奴がいるなんて思ってもみなかったせいだろうか。
 体の自由なんて、あっさりと奪うことができるということを身を以て思い知らされた。
 腰のポーチに納めたARCUSが、特有の振動と音を伝えてくる。
 あの人からの通信だと思ったのは、ただの直感で。けれど背後の何者かが舌打ちする気配におそらくその勘はあっているんだろう。
 せめて、もう五分。その通信が早かったら。敵の手にとらえられる無様など晒さずにすんだのかもしれない。
 今更過去を嘆いても遅いことくらい、わかってるけれど。

 10月30日。
 朝から姿を見かけなかったクロウを探してトリスタや学院内を探し回った。戻ってきていないかと寮の部屋を訪ねて、そして。
 捕まった。
 するり、と解かれたネクタイを、無理矢理噛まされて後頭部できつく結ばれる。そうして背後の男は俺のポーターポーチからなり続けるARCUSを取り出し俺の代わりに勝手にあの人からの通信を受けた。

『リィン、逃げろ――あいつが』

 機械越しの声に、胸にジワリとあたたかな何かが広がる。あの人の今の状況を考えても、俺のことを気にしている余裕なんてないはずなのに。そんな中でも俺に連絡をくれようとしてくれたことが嬉しい。

「俺が、何だって?」

 勝手に通信を受けた背後の男が、勝手に応える。

「残念だったな。お前があとほんの少し有能なら、こいつも逃げられただろうに」
『クロウ・アームブラスト……いや、帝国解放戦線リーダー《C》か 』
「へぇ、やっぱりばれてんのか。まぁ無能ではないとは認めてやってもいいか」

 くっ、と喉奥で笑う癖は、よく見知ったそれで。
 帝都で、そしてルーレで戦った相手と、半年学院で過ごした仲間の姿が脳裏で重なる。

『無駄口叩いてる暇はないんでね――リィンを放せ』
「そりゃあこっちもだ。断る」
『……ふざけんな』
「ふざけてなんかねえよ、こいつをお前らのとこに渡すわけにはいかねぇしな」
『リィン、逃げろ』
「言っただろ、遅かったんだよお前は。こいつは俺が貰っていく」

 笑みを孕んだ声に、ARCUSの向こう側であの人が舌打ちした。

『そうですかと簡単に渡すと思ってんのか?』
「白兎でも寄越すか? あの子供に銀の腕でこいつごとオレを叩き潰させる? さすが《鉄血の子供たち》はおやさしいことで」
『ミリアムやアガートラムはリィンを傷つけねえよおまえと違って、な。安心しろリィン。すぐ助け出してやるから』

 優しい声に、目頭が熱くなる。
 こんなことで泣いてなんていられないけれど。嬉しさと申し訳なさと、自らの不甲斐なさに。

「残念だが、白兎も間に合わねえな」

 寮のクロウの窓の向こうに、『迎え』だろう飛空艇を認めて、それでもなんとか逃げ出せないかともがいてもいともたやすく封じられて歯噛みする。

『ちゃんと助け出してやるから』
「無理だ」

 くつりと笑ったクロウの手から、ARCUSが落ちる。導力銃に打ち抜かれる粉々に砕け散るのを、茫然と見つめることしかできなかった。



 どこへ連れて行かれるのかも、目的もよくわからず、ただ荷物の様に運ばれる。馬や導力自動車や列車なら、景色を見ればどのあたりをどのくらいの速度で移動しているかわかるのに、飛空艇の窓から見えるのは空と雲だけで。今どのあたりにいるのかも、皆目見当もつかない。
 噛まされていたネクタイは解かれ、代わりに腕に巻きついて自由を奪っている。何が悲しくて自分の唾液で湿ったネクタイで拘束されなければならないのか。
そもそも俺を浚う意味も、わからない。
 あの人と親しくしていたから、だろうか。

「あいつのことは考えるな」

 思考を中断されて、現在の俺の境遇の元凶を睨み付ける。

「そもそもなんで俺なんかを連れてくるんだ? ユーシスやマキアスやアリサやラウラなら人質として牽制にもなるだろうが俺にはそういう価値はないだろ」

 だからさっさと解放しろと告げれば、目の前の男の薄い唇に笑みが浮かぶ。

「お前の自己評価の低さはわかってたつもりだがな、そいつらよりお前の方が重要なんだよ」
「そんなはずないだろう? 俺にはみんなと違って、なにもないんだ」

 過去も記憶も。強力な後ろ盾も。八葉の剣とて、やっと中伝を認められたばかりだしこれといって誇れるものがあるわけでもない。
 あるとすれば仲間、だろうか。けれどそれすら、この男の手であっさりと離されてしまった。
 今、俺が持っていると自覚できるものなんて何一つない。

「ばぁか」

 朱の双眸が細められる。

「お前が本心からそう思ってんなら、オレがお前を貰う」
「無いものをどうやって手に入れるつもりだ?」

 ここにいる俺自身が、本当に俺だと信じることすらできないのに。
 自嘲をこめて睨み付ければ、ブーツの足音を響かせてクロウが近づいてきた。見慣れたトールズの制服ではなく、帝国解放戦線リーダー《C》の黒衣とマントを羽織った姿を、見上げる。

「無いことと有ることは同じ、だろうが」
「へぇ?」

 どこで聞いたんだと問うことすら無意味なんだろう。
 この男が答えるつもりなどないだろうし。

「空でも掴むつもりか。強欲だな、クロウ」
「そりゃあ虚ろだからこそ、だろうな」

 触れられても、睨むことと身じろぐ程度の抵抗しか、できない。
 前髪を掴まれて、喉元に食いつかれる。そのまま食われるのかと思えば、乾いた笑いが零れた。
 人質としての役にも立たないんだ。さっさと殺せばいいだろうに。
 皮膚に歯が食い込む痛みに、けれど呻いてやることも癪で。奥歯を喰い締めて耐える。

「……へぇ?」

 咬み痕に、ぬるりとした感触が触れて、背筋が震えた。

「痛みには耐えられる、か――まぁ、そうだろうな」
「っ……クロウ、何のつもりだ」

 喉元から離れたクロウを、睨み付ける。元々、掴みどころのない人だと思っていたが。正体を知ったうえでなお、わからない。

「朴念仁だとは思っていたがここまでとは考えてなかった」

 呆れを含んだ視線に、目を眇める。

「わるかったな、朴念仁の相手なんかつまらないだろうからさっさと解放してくれ」
「お前馬鹿か? 手放してやる気なんかねえよ、二度と、な」

 制服のジャケットとベストのボタンが外されて、シャツに手がかかる。服を脱がされる意図が分からず顔を顰める。

「なぁ――なんで俺なんだ……」
「さあな、オレにだってわかんねぇよ。そんなこと」

 ぶつり、と糸がちぎれる音がして、ボタンが弾け飛んだ。
 晒される肌だって、見て楽しいとも言い難いだろう。現にクロウは、眉を顰めている。
 けれどクロウの理由は、俺が思っていたのとは別だったらしい。

「これはあいつの、か」

 ちゃり、と鎖の音が耳に響いて、はっと目を見開いた。

「それに触るな……っ」
「お前な、わかりやすすぎんだろ。その反応」

 唇に笑みを刷いて。けれど、どこまでも冷たくざらつく声と温度の下がった朱眸。

「すっげぇムカつく」
「お前には……関係ないだろ」

 金の鎖の、碧い石のペンダント。あの人には良く似合うそれは自分でも、似合っているとは思わないけれど。あの人がくれたものだから何よりも大切で。

「確かに関係ないな。なぁ、これぶち切って粉々に壊していいか?」

 鎖にひっかけた指が引かれる。首に走るかすかな痛みと取り上げられ壊されるかもしれないという可能性に、奥歯を喰い締める。
確かにこれはこの男から見れば何の思い入れもないただのアクセサリーだろう。俺にとって特別というだけで。

「……やめてくれ、頼む」

 帝国解放戦線に捕まるなんて失態を犯して、あの人の計画の邪魔をして。きっと幻滅されただろうけれど。それでも。
 ただ一つ、俺に残された欠片まで壊さないでくれ。

「クロウ。俺ができることなら、何だってするから」

 だからこれだけは許してほしい。みじめな懇願に、クロウはつまらなさげに鎖から手を離した。

「何が何も持ってない、だ。こんなくだらんもの一つに縛られやがって」

 自分でも、どうしようもないと思っているのに。それを指摘されて反射的に睨み付ける。

「お前な、ついさっき何だってするって言ったんじゃなかったか? ――こんなもんのために」

 奥歯を喰い締めたまま、目を伏せる。

「いい子だ」

 ふわり、と髪を撫でられる。意味が、わからない。意図が読めない。
 人質にも使えない捕虜なんて、飼うだけ無駄だろうに。殺すでもなく、いたぶるでもなく子供じみた懇願すら聞き入れられて頭を撫でられている状況。
 それは、この男の偽りだっただろう半年ともに過ごした学院生活での『クロウ・アームブラスト』を思わせて、思考が拗れる。テロリストのリーダー、なんだともう知っているのに。
 髪に触れていた手は頬をすべり、唇を撫で上げられる。

「舐めろ」
「……?」

 内心首を傾げながら、唇に押し当てられていた指に、おずおずと舌を差し出す。ぺろりと舐めあげてみれば、ぐっ、と口の中に指が押し込まれた。
 器用な指先が、口蓋を撫で上げ歯列を辿る。
 必死に舌を絡めようとすれば、翻弄されて混乱する。
 だから。下肢でいつの間にかベルトのバックルが外されていることも意識の埒外だった。

「……っん、ぅ!?」

 他者の手が触れると思わなかった場所を直に撫でられて、思わず口の中の指を噛んでしまう。

「ばーか、噛むなって。ペナルティ一つ、な」

 くつくつと笑われる。なんなんだよペナルティって。そもそも俺のせいじゃなくてクロウが――下着の中に手なんか突っ込んで触ったからだろう。
 身じろいで逃げようとすれば、ますます笑われた。

「あいつに操でも捧げてんのかよ、そういうのすげぇむかつく」
「……っ、いっ、」

 口の中に突っこまれて、急所をきつく握りこまれて目の前に火花が散る。噛むなと命令されているから喰い締めて耐えることもできず、ただ玩具のように身を投げ出して震えるだけだ。
 ああ、こうして嬲りたかったのか、と妙に得心がいった。
 考えてみれば、クロウが帝国解放戦線のリーダーだというのであればⅦ組としての特別実習の一番最初、ケルディックでの事件からずっと俺は――俺たちは、この男の邪魔をしてきたんだ。目障りに思っても、それが当然なのだろう。報いを、受けるのも。
 じわりと浮かんだ涙の意味なんて、考えるつもりもなかった。

「………、ゃ……め」

 閉じることも噛むことも許されない口から、飲み込みきれない唾液が溢れて顎を伝う。弱い粘膜を好き勝手に撫で上げられ感覚に震える。右手に握りこまれたそこはやんわりと揉みしだかれたせいで、どれだけ嫌だと思っていても生理的な反応を返してしまう。元々学生寮暮らしで自分で慰めることもなかったからかもしれない。ユミルの郷にいたときもそれほど興味もなかったけれど。
 なんとかクロウの手から逃れようと腰を引けば、更に追い詰められる。何もない部屋の中で、壁際に自ら追い込まれて。元々なかった逃げ場を、更に失くしてしまう。
 俺が淡泊だからなのか、クロウの手淫がうまいのか。足ががくがくで立っていられず、壁をずるずると伝って床に座り込んでしまう。後ろ手に縛られたままの腕はしびれてしまっていて、逃げる手段もない。
 先輩と慕って、仲間だと思っていた男に、いいようにされて。
 朱の双眸が俺を見下ろす様を見たくなくて、目を閉じた。けれど視界を閉ざしたことで、口と下肢から響く水音とその触感を鋭敏に感じてしまい、ますます追い詰められてしまう羽目に陥る。
 息が上がる。
 無理矢理に追い上げられる熱が下腹に降り積もる様に澱んで、溜まる。
噛めない、というだけでこれだけ自由や自制が聞かなくなるものだなんて思わなかった。

「……も、やめっ……クロ、ぅ」

 耳を塞いでしまいたい。意識を閉ざしてしまいたい。
 なにもかも全部、なかったことにして。真っ白に、消えてしまえたらいいのに。
 限界だから放してくれと訴えたくても、口腔を荒らす指に言葉も呼びかけも容易く奪われる。

「いいぜ? 出しちまえよ、全部」

 耳元で囁かれ耳朶を喰われた瞬間、クロウの手の中に遂情してしまう。
 べとつく感触は気持ち悪いけれど、腕も使えずただ座り込んだままただ息を荒げる。

「ずいぶん濃いな。あいつとはご無沙汰か?」
「……?」

 乱れた息のまま、クロウを見上げる。滲んだ視界の中で、クロウが笑って指を舐めていて。かっと顔が熱くなった。

「そんなもの舐めるな……っ」
「何でもするんじゃなかったか?」

 口端を吊り上げて目を細めて。そうして舐めていた指を口に突っこまれた。味わいたくもないそれに息を止めて、舐めとる。

「いい子だ」

 俺の体液で濡れた手に、頬を撫でられる。

「……俺を貶めてそれで満足しただろ」
「ばぁか」

 囁かれる声は、ひどく優しくて。それが理解できない。帝国解放戦線の計画を邪魔した腹いせだというなら、こんな悪趣味なことをする必要もないだろう。殴って斬り捨てればいい。プライドをへし折りたいとしてもこんな真似をする必要性が分からない。
 ちゃり、と首元で鎖がなって、はっと視線を上げた。

「……壊さねえよ、お前がいい子でいられるうちはな」
「――っ」

 睨み付ければ、軽く笑って流される。

「お前な、こんな物より自分を大切にしようとか思わねえのかよ」
「……なんでだ?」

 クロウの言う意味が分からず、睨むのを忘れてただ見上げる。

「……おまえのそういうところ、すっげぇムカつく」
「そういわれても、わからないものはわからないんだからしょうがないだろ」

 俺自身の存在の意味だとか、価値だとか。どれだけ言い聞かされても、実感できない。誰かに必要とされるのならそれでいい。
 苦笑して、目を伏せる。

「俺は、俺を好きだと言ってくれる人の『物』なんだ」
「へぇ? それは早い者勝ちか?」
「俺なんかを欲しいっていう人なんか、そういない。出自不明の得体のしれない化け物だしな」

 そんな奇特な人間なんて、底抜けにお人よしの義父母か。あの人くらいだ。それにシュバルツァー男爵家は俺のせいで言われない中傷に晒されることになった。
この体やこの命に意味があるというのなら、俺を許してくれた人のために使えばいい。どうせ、使い捨てるための器でしかないんだから。

「なら、俺がお前を欲しいっていえば俺のものになんのかよ?」
「クロウは嘘つきだから信じない」
「あいつよりよっぽど素直だと思うがな」
「あの人は嘘つきじゃないだろ。本当のことを隠すだけで周りの人間がそれを見破れないのは――あの人のせいじゃない」
「それで俺は嘘つき扱いかよ」

 触れられたままのペンダントが引っ張られる。金鎖が首にかかる痛みに、素直に目を細めた。痛みに耐えて何が得られるわけでも、ない。

「お前は、自分を騙してるから」

 だから。クロウが俺を欲しいだとか手に入れるだとか言ったって、信じない。
 楽しくもないのに、なんだか笑えてくる。馬鹿げていて。
 ――俺だって、人のことを言えた立場じゃないことぐらい、自覚しているつもりだ。

「なるほど、な」

 クロウの声が、普段より冷めていく。その朱眸も。

「……っ?」

 濡れて気持ちの悪い下着ごとパンツが引き抜かれる。普段触れない肌が外気に触れて息を飲む。

「お前がそう思うんなら、最後まで騙してやる」

 唾液と体液に濡れた指の感触に覚えたのは、恐怖や嫌悪よりも戸惑い。
 クロウの手で為される行為の意図も意味も分からず、ただ困惑に陥ることしか、できない。
 ずるりと体内に指突っ込まれて粘膜を撫で上げられて悲鳴を噛み殺す。痛みと異物感と圧迫感。これはいったいどんな拷問だ。
 弄られたところで、吐き出す情報もないのに。
 痛みと苦痛を与えたいだけならば、わざわざこんな手段を取る必要もないだろうに。

「指一本でもぎちぎちなんだが」
「……あたりまえ、だろ……っそんな場所に指突っ込む意味もわからない」

 叫びたい気分だけれど。そんな余裕はない。口に指を入れられたときも思ったけれど、それ以上に突っこまれた場所から裂けてしまいそうな恐怖に意思に反して身が竦むのをとめることができない。訳も分からず体内に触れられて、みっともなく震える自分の声に耳を塞ぎたくなる。両腕は縛られているから、無理だけれど。

「……おい?」
「なんだ、クロウ」

 指を抜いてくれるのかと見上げれば、ひどく間近にあった朱眸としっかりと視線が交わる。

「まさか、あいつに許したわけじゃないのか?」

 言われた意味が分からず、首を傾げる。

「なんであの人がこんな真似をする必要があるんだ」

 あの人が俺を拷問する必要なんて、今のところないはずだ。そもそも、わざわざ他人の排泄孔なんかに指入れたがる人なんかいないだろう。

「ちょっとあいつに同情するわ」
「……俺が馬鹿だっていいたいのか」
「朴念仁だとは思っていたが――どれだけ純粋培養されればこう育つもんかね」
「意味がわからないから――っ」

 どうでもいいからさっさと指を抜いてほしい。
 嘆息すれば、更に深く抉られて息を飲んだ。
 滲む視界を上げれば、クロウがどこか上機嫌に笑っている。

「あいつには悪いが、お前のその朴念仁ぶりも好都合か」
「……っなん、で」

 屈辱や痛みならば、もう十二分に与えただろうに。粘膜が引き攣れる痛みに眉を顰める。

「抜くと思ったのか? これからが本番だろうが」

 間近で朱眸が、獰猛な光を浮かべた。
 ああ、喰われるのかと漠然と思った。

「……っ、ぅ、く……ぁ」

 痛い。苦しい。辛い。
 体内で蠢く異物に、脂汗が滲む。魔獣の牙や爪で抉られたり毒を浴びたときのほうがまだましだと思える。純粋な殺意や本能的な攻撃ならば、理解できる。
 けれど、クロウが何を求めているのかがわからず。わからないからこそ、怖い。
 恐怖に硬直する体の中で、指が曲げられて中を探られる感覚をより強く感じてしまってきつく目を閉じた。
 微かに笑う気配。するりと前を撫で上げられて、閉じた目を見開かされる。

「クロ、ウ……っ?」

 みっともなく震える声で呼べば、返されたのは下肢への愛撫で。恐怖と痛みに萎えていたものを刺激される濡れた音に、顔が引き攣る。腕が自由なら、耳を塞ぐのに。
 弱い箇所が暴かれていく感覚は喰らわれるそれと大差がないだろう。繰り返し扱かれて熱を持った物の先端を抉られて悲鳴を噛み殺した。気持ちいいのか気持ち悪いのかも、混乱してくる。
 わかるのは、じくりと疼くように澱んでいく熱。苦痛でしかなかった後ろも麻痺したように、快感だけを拾おうとしはじめる。体が苦痛から逃げようとしているのか。
 みじめさに目を眇める。

「ずいぶんよさげな顔になってきたな」
「……っ…ひ、ぅ……ゃ、め」

 耳朶に噛みつかれ、舐りあげられる感覚に震える。
 逃げようと身を捩れば、穿たれた体内を抉ってしまう。びくびくと体を震わせる俺に向けられる満足げな笑み。甘噛みは耳から首筋に這い降りていく。触れられて感じるなんて、あるはずもないと思っていたのに。下肢からじわりと澱む熱のせいか、口づけられ噛まれ舐めあげられるたびに体が、鼓動が跳ねる。
 胸元で、金属が擦れる音が響いたかと思えば、クロウがペンダントを噛んでいた。柔らかな金に、くっきりと歯型が残るのを見て血の気が下がる。

「やめ、……それに触る、な」
「……へぇ?」

 歯型の入ったペンダントを、クロウの紅い舌が舐めあげる。ぞくりと背筋が震えが走る。

「これ壊されたくなきゃ、いい子にするしかねえよな?」
「……っ」
「声押さえんな。気持ちいいならちゃんと気持ちいいって言え」

 俺の知るクロウ・アームブラストの声よりも低く囁かれて、ごくりと唾を飲み込む。この声に従わなければならないんだと、そう思わせるだけの力に、力なく頷く。
 俺の声なんか、気持ち悪いだけだろうに。
 自嘲して嘆息すれば、後ろにずるりともう一本指が入り込んでくる。痛みはそれほどでもなくても、その圧迫感に苦鳴が漏れる。
 それでも、クロウの手の中で弄られている自身は、萎えるどころか腺液をはしたなく零して快楽を拾い取っていく。
 嫌なはずなのに。離してほしいのに。

「……は、……ん、あぁっぁ」

 縛られたままの手を、きつく握りしめる。掌に食い込む爪の痛みに縋ろうとしても、裡を蝕む感覚は、腰骨に澱んでじくりと疼くだけで。
 精神を、削ぎ取られていく気がする。喰われていく。じわりと浮かんだ涙に、意味なんてないんだろう。開かされた脚が、がくがくと震えるのも。
 矜持なんて、掴みきれないものがごっそりと抉られていく。

「……っクロウ、そこ……やめ……っ」

 腹の奥を押さえられると、押し出されるように勢いのない白濁がクロウの手を伝う。過ぎた快感が苦しくて、息が浅くなる。酸素が足りないのか、頭が霞む。感じすぎて痛みすら持っているのに、萎えることもない自身に覚えるのは、絶望だろうか。

「ここがいいんだろ?」
「……っひ、……っ」

 きつく押し込まれて、電流が走ったように体が震える。意思でなんて、抑え切れるはずもない強烈な刺激に。
 視界が白く染まった。

 ぎりぎりまで緊張していた体が、弛緩する。けれど自分の意思に反してびくびくと震えるのは、過ぎた快感の余韻のせいなんだろうか。息が上がったまま、思考は散漫でまとまらない。
 何故、という問いに対する答えは、帰って来やしないんだろう。滲む視界の中見つけた朱に、自嘲する。
 思う様弄って、無様を晒させて。満足したんだろうか。お前が考えてることなんか、何もわからないよクロウ。
 くるりと体が裏返される。自分の体なのに、何一つ俺の思い通りになんてならない。御動くことも、快感も、苦痛も。
 肌蹴られた胸に触れる金属はやけに冷たくて、ぞくりと背筋が震えた。
 ごくりと唾を飲み込む音も、逸る鼓動も。上がりきった息も。自分のものか相手の物かもわからず。これで解放されるなんて甘い夢も見ることもできずただ目を伏せる。

「……クロ、ウ?」

 その目を覆うように、大きな掌が被せられて、視界は閉ざされた。武器を扱う軍人にも似た手。当たり前か、《帝国解放戦線》のリーダーで、双刃剣なんて得物を振り回していたんだから。
 捕えられ、ろくでもない目に合わされている自覚はある。
 特別実習先で何度となく、彼らの邪魔をした記憶もあるけれど。それだけで、こんな理不尽な扱いを受ける謂れはないだろう。
 なのに。
 ほんの少しだけ。その手のぬくもりと、閉ざされた視界に安堵してしまうのは、彼にとってはフェイクだと言い切った学院生活の余韻と感傷なんだろうか。
 思わず、苦笑する。

「……随分と余裕そうだな」

 こんなにいっぱいいっぱいなのに。余裕なんて、あるわけあるはずないだろう、という呟きは。

「なら、手加減してやる必要はねえよ――な」

 ひどく近い囁きと。声にならない悲鳴に消えた。



「……っ…ぁ、」

 熱く焼かれるような激痛が、脳天まで貫く。呻くことも、息を飲んで耐えることもできず、喉の奥で蟠ったまま。体も、何もかもが強張りついてしまっていて呼吸すら、クロウに奪われているんだろう。
 食われている。
 脊髄まで食らいつかれて、咀嚼されて。血も肉も喰われていくんだ、と。

「……きっつ……食い千切る気、かよ」

 かすかに掠れた――熱を帯びた声。首筋に触れた吐息と、濡れた感触に悲鳴を上げる。
 その拍子に喉奥に蟠っていた空気の塊が吐き出せて、息はこうしてするものだったかと思い出す。それでも、はっはっと獣めいた浅い息しかできず息苦しさは残る。
 ず、と粘膜を擦って深く熱に侵される。

「……っ、どう、して……」

 為される事の意味も分からず、臓腑を抉られる圧迫感に喘ぎながら答えが返ってくるとも思えない問いかけを口にする。呼吸の苦しさのせいか、自分の声だとも思えないほど震えて掠れたそれに、唇が引き攣った。
 何故、俺なのか。何故、こんな目に遭わされなければならないのか。酸欠で霞みがかかったような頭で、考えても答えなんてわからなくて。
 後ろで微かに嗤う気配がして。耳に金鎖の立てる微かな音が届く。

「……やめろっ……それに触るな」
「――それが、すっげぇむかつく」

 返された声の冷たさに、ぞくりと背筋が凍った気がした。
 ぎちり、と。掴まれて後ろへと引かれた鎖が、喉に、絡んで。

「……ぁ、ぐっ……ぅ…っ」

 あの人に貰ってからずっと身に着けていたから。自分の体温に馴染んだ金属が、首に食い込む。腕が自由ならばきっと苦しさから逃れようと喉を掻き毟っただろう。生憎、腕は縛られたままで。苦しさから逃れようと引かれるまま、膝立ちになって上体をクロウの胸に預ける。
 まるで。縋れるものはそれしかないとでもいうように。溺れて藁を掴むように、布越しのその体温に安堵する。それでもまだ鎖は引かれて皮膚に食い込んで。
 ぷつり、と千切れる音を聞いた気がした。

「……っひ、あ……っ」

 指で散々弄られた箇所を突き上げられ、体が跳ねる。許容を超えた状況に、思考なんて上手くまとまるはずもない。

「やだ…っ……いやだ……っやめ、……」

 子供みたいに泣きじゃくって、懇願しても。
サイト掲載日 [2014年5月10日]
pixiv(一部) [2014年5月1日]
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開設:2014/02/13
移転:2017/06/17
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