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 愛してるだとか好きだとか。そんな、きらきらとした綺麗な言葉とは縁遠いとずっと思ってきたし、今でもそう思っている。
 揶揄と戸惑い。妥協と許容。執着と、打算。俺とクロウを繋ぐモノは、出会った時から今までだって、そんなものなんじゃないだろうか。
 考えれば考える程不毛にしか、思えない。それでも、掴んだ手を離すことなんてできるはずもない。
 内戦の引き金となったクロウを、新政府は殺すことはなかった。それまでの帝国の法からすれば、甘すぎるほどの処断だっただろう。けれどひどく合理的で打算的な落としどころだろう。何より、おそらく誰よりもクロウ自身が、その『刑罰』の重さを実感しているだろうから。
 今朝、俺よりも早くベッドを抜け出して『仕事』に行った男を思う。学生時代よりも、あの内戦の間よりも疲れた表情を浮かべていた。
「……休暇も、なかなか合わないしな」
 一緒に過ごしたい。そんな望みを抱いてしまえる今の状況自体が、行幸の果てなのだと理解はしていても。一つ、願いが叶ってしまえばあれもこれもと望んでしまう己の欲深さに苦笑する。
 もう、ぬくもりすら失われたベッドのシーツを撫でて。彼の手を思い浮かべて自分の髪を掻き上げる。久しぶりの休暇なのだ。あいつが仕事だからといって、拗ねてずっとベッドで寝転がっているのも時間の無駄だろうとゆっくりと身を起こす。朝食はどうしようかと脳裏の一部で考えながら、壁に掛けてある太刀を手に取る。シャワーでも浴びてから、の方がいいんだろうけれど。ユン老師やエリゼにバレれば叱責は免れないだろう。
 どうせ、体を動かせば汗をかくんだし、と『合理的』に、早朝鍛練をする。
 あの男のいい加減さの影響もある。けれど。
 多分、ただ俺は。微かな残り香とぬくもりを洗い流してしまうことが、どこか惜しく感じてしまうから。
 そんな女々しい感傷に、思わず苦い笑みが浮かぶ。あのころとは違って、もう二度と会えないというわけじゃないのに。
 取り留めもない思考を払おうと、手に取った太刀を一度壁へと戻して、シャワールームへと足を向けた。



 帝都ヘイムダル。内戦の爪痕もいまだに残っているとはいえ、人々はたくましく日々を過ごしている。オスト地区に借りているアパートメントの非常階段を下りて通りへと出れば、春の明るい陽の光と街の喧騒に包まれる。トリスタならば今頃ライノの花が満開なんだろうか。ユミルはまだ雪が残っていると手紙には書いてあったけれど。
相変わらずボスはこのあたりの野良猫を統率しているみたいで。たまたま持っていた煮干しを上げれば無愛想に一声鳴き声を上げる。許しを得て、そっとその頭を撫でた。
屋台でベーグルサンドを一つ買って、食べながら街を歩く。仕事でここを通ることも少なくはないけれど。プライベートで時間にも部下にも拘束されずに自分の意思でこうしてのんびりと歩くのは、同じ景色の筈なのに随分と感覚が違う気がする。
 冷めてしまう前に胃袋に押し込んで。一緒に買ったコーヒーを一口。
「……おいしい、けど」
 香りもいいし、わずかに酸味が強いそれはベーグルサンドにはよくあっているけれど。飲みなれたコーヒーを舌が懐かしがるのを止める方法なんて、知らなかった。
 美味しいのに、そんな違和感を覚えてしまう理不尽を、脳裏に浮かんだ男へぶつけてコーヒーを飲み干す。空になったコップをくずかごへと捨てれば、今日の予定は終了のはずだった。あとは部屋へ戻って、溜まった洗濯物を片付けて、掃除をして。だらしなくいい加減なように見えるくせに意外なほどに家事能力が高いあいつとの生活だと、それほど家の中が散らかって仕方がないという事もないけれど。本はまるで増殖するように増えているから、新しく本棚をもう一つ誂える方がいいかもしれない。あいつが帰ってきたら相談してみようか。
 そんなことを考えながら、歩きなれた道を歩く。
 視界の端で、見慣れた銀の髪が揺れた気がした。
 ――このあたりで、『仕事』をしているんだろうか。ならば、今朝の嫌そうな顔も仕方がないだろう。良くも悪くも、クロウは人目を惹きつけるから、本人の意図とは関係なく交友関係と知名度は高い。ただ静かに目立たないように暮らしているつもりでも、このあたりでクロウのことを知らない人はほとんどいないだろう――彼の罪は、知らなくとも。
 あいつの『仕事』を思えば、そういう『見知られた場所』というのはひどくやりづらいだろう。
 俺がこうして見つけてしまう事も。
 少し、ほんの少しさみしい気もしなくもないけれど。見なかった、見つけなかったふりをして、部屋に戻るべきだ。理性では、そうわかっているのに。
 無意識に視線は、その銀を追ってしまう。
 そうして。
 やっぱり、見るべきじゃなかった。と思い知らされる。

 俺の姿を認めて、わずかに見開かれた後、嬉しそうに幸せそうに細められた、朱眸。
 仕事中なんだろ、馬鹿。
 俺のことなんか気にしている余裕なんて、ないだろう?
 そう思いながら。けれど、クロウらしくないともいえるそんな反応を、愛しいと思ってしまったのはきっと野生の獣を懐かせた感慨にも似ているんじゃないだろうか。
 俺の方へと歩いてくることは、ない。仕事中なんだからそれが当たり前だけれど。
 素直な表情の変化とアイコンタクト。それだけでも目にすることができただけ、ラッキーだったんじゃないだろうか。
 けれど。
 そんな、柄にもなく浮かれた気分は、長い銀糸に触れた他人の手のせいで一気に霧散する。やめろ触るなそれは俺のものだ、と口に出すことすら、できないけれど。
 であった時よりも、随分と伸びた銀髪はすでに背の半ばにまで届きそうな長さで。それを無造作に首の後ろで結っている。結紐は、以前俺がユミルの土産だと渡したそれで。
 切らないのかと聞いたことはない。クロウのことだから、多分何かの意味があって伸ばし続けているんだろうから。
 俺の不機嫌が伝染したみたいに、眉を顰めてその手を振り払うクロウの双眸が見開かれる。
 ぐるぐると渦巻く感情が重くていたたまれなくて。それ以上、その光景を見ていたくなくて。
 ――踵を返して、その場から逃げ出した。



「……っ」
 なにしやがる、という文句を言うよりも握った拳を振るう方が早かった。
 けれど振り下ろしたそれは、宙を切る。
「逃げるな」
「やーなこった」
 にぃ、と。性質の悪い笑みを浮かべる碧眼を睨み付ける。
 別に綺麗でも何でもない体だ。純潔だとかそういうものからは、ほど遠い自覚はあるけれど。
「それにそもそも、愛しの恋人の姿見かけるだけで呆けてる腑抜けのせいだろうが」
「かわいいだろう? うちのリィンは」
「あー、お前のそういうところ、キライだな。リア充爆発しろ」
「それが本音かよ」
 ――命はとらない。そのかわりに、犯した罪と奪った命の分、働け。
 そんな、温情なのか過酷なのかわからない処遇の末、重罪人のはずの俺の身柄と所属は現在、《鉄血の子供たち》の一人であるかかし男の元に置かれて散々扱き使われていた。
 嫁をいびる姑の如く、無茶振りばかりやってくる情報局の士官サマはによによと笑う。
「もげろはげろ」
「もげねえしハゲねえ!」
「どうだかねぇ。色気づいて調子に乗って髪のばして、気づいたら若禿とかな」
「っるせぇ」
「元々若白髪な上に若禿とか、二重苦でいい感じだな」
「若白髪じゃねえ!」
 突っ込みが追い付かない。死にそうな激務と暗躍を熟しながらまだ『遊ぶ』余裕があるあたり、この男は化け物なんじゃないかと疑う。
「それでおまえの『かわいいうちのリィン』くんだっけ? 走って逃げて行っちゃったけど大丈夫か?」
 指摘されてはっとあたりを見回せば、確かに黒髪は見当たらない。
「かわいそうになぁリィンくんも。見る目がないせいで、若白髪若禿もげ男なんぞに捕まって」
「もうつっこみ入れる気すら失せるな……」
 重く長い息を吐いて、リィンの走っていった方を見遣る。アパートに戻ったんならいいが、下手に行動力があるからどこまでいくか。前に喧嘩したときに頭を冷やすといって出かけて。帰ってきたときには手配魔獣の褒賞片手に帰ってきたし。
 内戦のせいで治安は悪化している。そうそうやられるたまじゃないが、だからこそチンピラにでも絡まれて律儀に相手してやいないだろうか。
 そんな心配めいた思考を一皮剥けば、ただ会いたい。会って触れて抱きしめたいという身もふたもない慾でしかないが。
 ぽふ、と肩を叩かれて見遣る。
「腑抜けた若白髪を使う程暇じゃないんだぜ」
 ぱちり、と音がしそうなウインクに嘆息する。
 追え、といっているんだろう。素直に言えばいいのに、とも思わなくもないけれど俺の身の上を考えればそう下手なことは言えないのだろう、かかし男は。
 ただの嫌がらせも含んでいるだろうが。
 礼をいうこともせず、別れの挨拶をすることもなく。走り去ったリィンの後を追った。

 求める姿はそう遠くはなく。棲家のアパートの非常階段に座り込んで項垂れる姿を見つけてほっとする。トラブル体質というか巻き込まれやすい性質だから、こうして無事に何事もなく戻ってきていること自体が、運がいい方だろう。
 それでも悄然とした雰囲気には、どうにも弱い。
 気配に敏い子供はそのまま大人になっても、誰かが近づくことには過敏なほどだったから多分俺が追い付いたことには気づいているんだろう。けれど、俯いたままの頭が上がらない。
 怒っている、というよりもこれは『落ち込んでいる』んだろう。
 たまに餌をやっている姿をみるけれど、野良猫が一匹、そんなリィンを守る様に、いたわる様にそのそばに寝そべっている。
 野良猫変われ、そこは俺の場所だ。と脳裏で吐き捨てながら。止まりそうになる脚を動かしてリィンのそばに立った。
 けれど。何かを告げようと開いた口を、閉ざす。
 何を言えばいいんだ? キスされて悪かった、と謝るのか……それは、なんというかおさまりが悪い気がする。自意識過剰というか。
 言うべき言葉が見つからなくて、肩を竦めて苦笑する。言葉の代わりに、せめてその黒頭を撫でてやろうと手を伸ばして、けれど触れる寸前で握って引いた。
「……キス、されてた」
 低く、ぽつりと零された言葉に籠った響きに、ごくりと喉が鳴る。
「あー、その、悪かった……な?」
 恰好つかねえなと苦笑しながら、飲み込んだ謝罪を口にする。
「髪、触らせてた」
 す、と伸ばされた指が、適当に一つに纏めた髪を、掴む。
「……うん、ごめん、な?」
 万感の思いを込めての謝罪も、けれど軽々しく響く。
「クロウなんか禿ればいいのに」
 ぼそりと吐かれた言葉に、苦笑する。なんで今日はそんなにも俺が禿ることを期待されるんだろう。厄日だろうか。
「俺以外が触れるなら、ないほうがいい」
「――本当はさ、わかってるつもりなんだ」
 少し間を置いて齎された告白に、軽く相槌を打つ。
「相手はあの人だし、お前が間抜け面晒してる不意を突かれた、同意なんてないことだって」
 そこまで見られていたのかと、苦笑する。
「本当は、お前がそれだけ気を張らずに生きていられることを、喜ぶべきなんだろうって……わかってるつもりなのに」
「……ばぁか」
 苦笑とともに思わず、そう漏らす。
 相変わらずのお人よしの朴念仁だ。
「お前なぁ……仮にも恋人の唇目の前で奪われて、それを嫉妬するのはあたりまえじゃねえ?」
 お人よしを通り越して。どこか歪なほどに奉仕心に満ち溢れているんだろう。
「……嫉妬して、俺の我儘を押し付けて、嫌われたくない」
 俯いたまま零し続ける自白に、嘆息する。
「嫌わねえよ、そんくらいじゃ」
「うざい、だろ……?」
「余計な気の回し過ぎだっつうんだよ」
 むしろ、筋金入りの朴念仁が、妬いたって事実だけでも。かわいいと思うのに。本当に、どうしてやろうか。このままこの場で押し倒してやろうかという思いをとりあえず、脇に置く。
「オレとしては、意に染まねえ事故を忘れるために口直ししたいんだが」
「……っ」
 俯いていた顔が上がって、濡れた紫銀の双眸を光が滑る。
「事故なのはわかってる、つもりだけど開き直るな、馬鹿」
「悪い、おまえに会えて気が抜けた」
 それに関しては本当に、一生の不覚だといってもいいだろう。どれだけ考えたところで、あの仮初の上司の許容範囲を見誤ったのも、避けることもできなかった俺のミスだろう。
「馬鹿……」
「お前が今日オフなのわかってたからな……すれ違うことくらいは、できたらいいと思ってたからな」
 今日に仕事をぶち込んできたのも、壮大なあの上司の嫌がらせの一環だろう。そういう無駄なことに何故労力を割くのか、意味が分からん。
「悪かった、完全に気抜いてた」
「馬鹿クロウ」
 睨み付けてきていた視線が、そらされる。
 俺だけ、見てればいいのに。お前は。
 そう内心で吐き捨てて、騎士よろしくリィンを守る様に寝そべっていた野良猫を抱き上げる。ずしり、と腕にくる重さに苦笑しながら。
「クロウ……? ごめん、馬鹿馬鹿言ってたから本当に馬鹿になったのか?」
 じっとりと睨まれて呟かれる。
「だって、あんな奴にお前と間接キスさせたくねぇもん」
 ちゅっとリップ音を立てて、野良猫とキス。あんな奴は猫とでも仲良くしてればいい。
 そうして、何が何だかわからないという顔をしている野良猫を離してやれば、リィンの腕が猫を抱き上げた。触れるだけのキスを賜った巻き込まれただけの野良猫は、地面に下ろされて大きく欠伸をする。
「おいおい」
 朴念仁の癖に。
「……俺だって、お前のひとかけらでも他の奴に渡したく、ないんだからな」
「で、今度はお前の間接キスをもう一度猫から奪えばいいのか?」
 正直、野良猫に本気で嫉妬している自分に苦笑する。
「目の前に俺がいるのに、間接の方に拘る、のか?」
 どこか遠慮するように。断られたらだとか、要らない気を回しているんだろう。そういうところが可愛くもある、が。
「どれだけ煽るつもり、だ?」
 こちらがどれだけ必死に耐えて我慢してきたと思っているんだか。
「……?」
 言われた意味がわからない、と小首を傾げるリィンの上体を壁に押し付けて、そっと唇を重ねる。触れるだけのそれは、あの野郎とも猫とも違って、しっくりと馴染む気がする。
 角度を変えて、もう一度。
 その柔らかさだとか、感触だとか。温度も形も。時折耳を擽る吐息や声も。たまらないと堪能する。
 俺の服を、縋る様にぎゅっと掴む指だとか。震える睫毛だとか。
「……、クロウ」
 どこか恨みがましい響きに、視線でその先を促す。
「……これで、消毒は終わりか?」
 微かに開かれた唇の奥、ちらりと紅い舌が覗く。無自覚だろう涙目の眼差しに、どくりと鼓動が跳ねた。
「消毒は、な」
 柔らかな唇を、舐め上げる。そうして、開かれたままの歯列を舌先で撫で上げた。びくり、と腕の中の体が跳ねるけれどやめてなんかやらない。
 もう少し、自分が何者に、どれだけ執着されているのか――思い知ればいい。



「やれやれ、ほんと……ハゲろ」
 走っていった銀髪の男を見送って。吐き捨てる。
「……で、隠れてねえででてきてくんねぇかな」
 ――『彼女』ならば、この方法であぶりだされてくれるだろうと、したくもない悪戯をしかけたんだ。これで釣れなければ、ただのあの馬鹿へのサービスだけになってしまうじゃねえか。
「……出てきたら、秘蔵の写真もつけてやるぜえ?」
 止めとばかりにつけたオマケに、路地裏から彼女が姿を現した。メガネの紅いフレームが、陽光を反射する。
「よう、帝国時報の期待の新人記者さん」
「……しょうがないですね、前金で美味しいシーンみせていただきましたし」
 ふう、と息を吐いて。ドロテがこちらを見据える。
「どういったご用件でしょう? レクター事務次官」
サイト掲載日 [2014年10月24日]
pixiv [2014年10月12日]
© 2014 水瀬
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開設:2014/02/13
移転:2017/06/17
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