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「クロウ」
その声に、些か『呼ばれ慣れ』過ぎた気がする。
最初はまったくそんなつもりもなく、ただの『お手並み拝見』のはず、だった。4月にこちらから声を掛けた時もただ監視するためだけのはずだったのに。
どう演じれば人の意識をこちらに向かせられるか、どう呼びかければ振り返るか心を揺さぶるか。
初手は、目的からそれほど外れては、いなかったと思う。だというのに。
気づいた時には、既にどっぷりと深みにはまっていた。
最初は名前すら名乗らず、ただの質の悪い先輩と認識されていたと思う。
名を知り、その隠していた力を知って飲み込んで。浸食されたのは寧ろ、俺の方だったのかもしれない。
ほんのひと月前までは敬語で『クロウ先輩』と呼ばれていたのに。
砕けた口調と、どこか頼るような甘えるような呼び声の方に慣れてしまう程に。
目的のため、という理由付けでは誤魔化しきれやしない。
近づき過ぎた。
絆された。
ーーしくじった、と内心で舌打ちしても。もう、遅いんだろう。
伏せられた顔。跳ねた黒髪から覗く耳は、赤く染まっていて。
いつからだとか、どこで間違ったのかとか。そんな思考は流れるだけて考える余裕すら、ない。
朴念仁の唐変木。
至ってノーマルな、健康的な男子の癖に清廉で、恋愛感情なんてものから程遠いこの子供のこんな姿に。
ひどく欲情する自分を自覚する。
「クロウ」
呼ばれる声に潜む、色に。
この存在を食らいつくしてしまいたくなる。
「なぁ、クロウ」
俯いていた顔を上げて。濡れた双眸がこちらに向けられる。
囚われたのがどちらか、なんて。どうでもよかった。
「キス、して欲しい」
請われた内容に、息を飲む。
声音と眼差しに篭る色気に、慾は駆り立てられる。このまま捕まえて、押し倒して、食らいつくしてやろうかと過った本音をねじ伏せて。
その、淡く色づいた唇に指を滑らせる。
「……後で、な」
「本当か?」
眇められた双眸に苦笑する。
「俺の言うことは信用できねえ?」
「クロウは嘘つきだから」
「まぁ、な」
鈍感なくせに、そういうところは敏いから始末が悪い。
「なぁ、クロウ」
その声でそう呼ばれることに、弱いんだとおもいしらされた。
サイト掲載日 [2014年8月30日]
© 2014 水瀬
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