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出会い編
七曜暦1201年。内戦が始まる三年前に俺たちは出会った。
あれは寒い冬のユミル──。
「くそっ、あのやろう……」
目の前に魔獣がいるにもかかわらず、俺はここに送り込んだ貴族野郎の顔を思い出しながら悪態をつく。
本当は断りたかったが、行動を起こすには資金がいる。貴族の協力は必要だ。
協力は必要だが、あいつらどうでもいいようなことや簡単だとかいいながら難しい要求もしてくるからムカつくぜ。
そんなことを思いながら、襲ってくる魔獣を双刃剣で斬りつけていくが、なにぶん数が多い上に、怪我もしており、体力ももはや限界に近く、そろそろやべぇと感じていると、目の前に黒い何かが現れ襲ってきていた魔獣を倒していく。
俺の意識はここで途切れ、次に目が覚めた時は、どこか小さな小屋のベッドに寝ていた。
(どこだ、ここは……)
起き上がろうとして、体が重い事がわかる。だるさも感じることから熱が出てそうだな。
少し顔を動かすと、ベッドの隅で一人の少年が寝息を立てている。あの黒い何かはこの少年だったのだろうか。
「おや、目が覚めたのか?」
俺が目を覚ましたのがわかったのか、白髭を生やした爺さんが顔を覗かせていた。
おそらく、この小屋の持ち主だろう。
「あんたが助けてくれたのか?」
「手当をしたのはわしじゃが、お主を助けここに運んだのはその子じゃ。そしてお主が目を覚ますまでのこの一週間、ずっと看病をしていたのもな」
一週間も眠っていたのか、俺は。どおりで身体が重いはずだ。
そしてその一週間、得体の知れない人物にずっと看病していたというベッドの隅ですやすやと寝息を立てている少年に疑問に思い、目を向ける。何故ここまで必要があるんだ。
俺がテロリストでそのリーダーだと知ったら、こいつも、この爺さんも、どう思うのか。
「お主が何者かは聞かぬが、今はゆっくり休むことじゃな」
そう言われ爺さんを睨むも、爺さんは何事も無いようにしている。
「わしはどうなっても構わぬ。どうせ老い先短いじじいじゃ。じゃが、この子に何かあったらわしは何としてでもこの子は守り通す。命に代えてもじゃ」
そういいながら爺さんは寝息を立てている少年の頭を愛おしそうに撫でている。
この爺さんなら本当にそうしそうだなと思った。
「ん……」
爺さんが少年の頭を撫でていると、少年が目を覚ましたらしく、顔をゆっくりと上げる。
その顔は幼く見えた。
「起こしてしまったか、リィン?」
「いえ……大丈夫です、先生」
目を覚ましたリィンと呼ばれた少年はにこりと爺さんに笑いながら応える。
俺に向けられた笑顔ではないのに、不覚にもどきりとしてしまう。そのせいで、少年に話しかけられてもすぐには対応できなかった。
「良かった、目を覚まされたんですね? 心配してたんですよ? ……どうかされたんですか?」
反応がない俺を心配したのか、不安そうに覗き込んできた。
びっくりした俺は、後ろに下がるが、場所が悪い。後頭をベッドの角で強く打ち付けてしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「リィンや、問題ない。こやつはお主に見惚れてただけじゃよ」
この爺さん、何言ってやがるんだ。本当のことだが、腹が立つ。
だがリィンはわからないらしく、首を傾けていた。その仕草にもどきりとしてしまう。
「先生、何を言ってるんですか?」
「相変わらず鈍いのぅ……」
「えっと……?」
本当にわかってないらしく、戸惑っている。
「リィンや、一度家に戻ったらどうじゃ? テオ殿やルシア殿が心配しておろうて」
「で、でも……」
こちらが気になるのか、ちらりと見られる。
「わしがこやつが無理をしないように見張っておるから、一度戻りなさい。親を心配させてはならんよ」
そう言われるとリィンは爺さんに一言二言いい、俺にはゆっくり休んでといい、小屋を出て行った。
「やれやれ、相変わらず自分に向けられる好意には疎い子じゃ」
そうつぶやくと、爺さんはこちらをちらっと見ると横で何か作業を始めた。そんな爺さんを横目にリィンと呼ばれた少年のことを思う。
あいつの笑顔を見たとき、こいつが欲しいと思ってしまった。あそこまで欲しいと思ったことは、今まで感じたこともない。これからも感じないと思っていた。
それに、俺が誰かを欲することは許されない。だからこそ、あいつとはこれっきりのほうがいいんだと。早くここから離れなければと思っていると、爺さんが声をかけてきた。
「今ここを去ると、あの子はすぐにお主を探しに出るじゃろう。けが人を放っておけない子じゃしのぅ」
「……得体の知れない俺のことなど放っておけばいい。心配することもねぇ」
「それは無理じゃな。あの子の性分なんじゃ」
「何故あいつはそこまでする?」
「……それはあの子の生い立ちのせいじゃな。詳しいことはあの子に聞いてみるがよい。お主になら話すかもしれんぞ」
そう言い終えると、爺さんは再び作業を再開した。
俺はそれ以上は何も言わずに目を閉じた。
それから、一週間ほど過ぎたが、リィンはほぼ毎日のように小屋に来て俺の様子を見に来ていた。
毎日ご苦労なこった。
「カラスのお兄さん、まだ起きるのは早いです!!」
身体を動かそうとベッドから出ているとそう言われてしまう。傷はある程度治ってるんだがな。
名前を教えなかったらカラスのお兄さん呼ばわりされるし。何故カラスのお兄さんなのか、聞いてみたら黒い服を着ていたからという安直な理由だった。
しかしカラスか。俺の名前がクロウだと知ったらどう思うんだろうな、こいつは。
だが、本当の名前を教えるつもりはない。別に名前ぐらいは教えても良かったかもしれないが、もしもの時のことを考え、告げないことに決めた。
「傷口開いたらどうするんですか、すぐにベッドに戻ってください!!」
「んなやわな体してねぇよ」
「ダメです!!」
「おい、爺さん。こいつになんとか言ってくれ!!」
爺さんに助け舟を出してみるが、爺さんはリィンの味方らしい。
くそっ。
しかしこの一週間でリィンのことはなんとなく理解した。生い立ちのことはまだわからないが、リィンは困ってる人や頼まれたら嫌とはいえない性分だと。そして、八葉の使い手だということも。
何度か小屋の前で太刀の練習をしているのを見たことあるしな。だが迷いがあるように見えた。たまに胸元に手を押し当てて苦い顔をしていることもあるのが気になる。気にはなるが、俺には関係ないと──。
それに、同志たちの中に俺を変に崇めている奴らがいる。あいつらは俺に長く関り合いがある人物に対していつも過剰なほどに反応する。協力を得るために関わる人物ならまだいい。だが関わりがない人物に対しては──。
そいつらがもしあいつの存在を知り、あいつに何か危害を加えたらと思うと、そうなる前にさっさとここから去る方がいいに決まっている。あいつを守るためには、それが一番いいんだ。あいつが引き止めても、去ろうと思えば去れるのに、いざそれをしようとするとあいつの寂しそうな顔が浮かんでしまう。
八葉の使い手であるこいつが、あいつらに簡単にはやられないだろうが、あいつらが卑劣な方法でこいつを襲ったらともしものことを考えると、やはり早く去るべきなんだろうな。
「カラスのお兄さん、もう中に入ってベッドに戻ってください」
「薪割りが済んだらな……世話になってんだ、これぐらいはしないとな」
そう言うとリィンは薪割りをする俺の様子を少し離れたところで見始めた。無理しないように見張っているつもりなんだろうな。
リィンは俺が薪割りをしている様子を終わるまでじっと見ていた。寒くないのだろうかと、心配になる。
「カラスのお兄さん、どうかしたんですか? ま、まさか体調が悪いとか!?」
「あ……違う違う。大丈夫だから、焦るな」
動かなくなった俺に対して、リィンが焦り始める。リィンが心配で見ていたとか言えねぇ。
問題はない、大丈夫だといっても、これ以上はダメだと頑固として譲らないリィンにベッドの中に押し戻されてしまった。
こういうところは絶対に譲らないんだな。
がくりとうなだれてると、爺さんに笑われてしまった。
ごほごほと辛そうな咳と心配をしているリィンの声で目が覚める。
二人とも、俺が見ているのに気づかないでいた。
「先生、大丈夫ですか? もう休んだほうが……」
「このぐらい大丈夫じゃよ。お水持ってきてくれんかのぅ」
「で、でも……わかりました」
リィンはそれ以上は言わずに爺さんに言われたとおりに水を取りに行った。その目には微かに涙が溜まっているように見えた。
爺さんはこちらに気づくと、何事もなかったように立ち上がっていた。
「爺さん、あんたどこか悪いのか?」
「年寄りじゃからな。どこか悪いのかもしれんのぅ」
語ろうとはしない爺さんに、俺もそれ以上は聞こうとしなかった。
死んでいった爺さんのことを思い出して、その悲しみと同時に奴への憎しみを思い出して強く拳を握りしめる。
「お主が宰相殿に対してどう思っているかは検討はつくが、あの子だけはそれに巻き込まぬようにな」
「……爺さん、あんた」
この爺さん、気付いていそうだな。
最悪、この手で始末を。と思っていると、リィンが水を持って戻ってきて、爺さんに渡した。
見つめ合っていたからか、リィンは首を傾けて不思議そうに思っていた。
「どうかしたんですか?」
「いやいや、何もないんじゃよ? 水ありがとうな、リィンや」
「このぐらいしかできませんけど」
「十分じゃよ」
爺さんは微笑んでリィンの頭を撫でている。
リィンのほうは恥ずかしそうにしている。
「わしのことはもういいから、郷に戻りなさい。遅くなってしまってはテオ殿やルシア殿が心配なさるからのぅ。こやつが途中まで送ってくれると言っておるしのぅ」
「は?」
「カラスのお兄さんはまだ怪我が完治してないですから、1人で帰れますから」
「そやつもそろそろ身体を動かさねばなまってしまうだろう? 無理をしなければ大丈夫じゃ。だから送ってもらいなさい」
「で、でも……」
リィンは爺さんのことも心配なのだろう。
爺さんもリィンのことが心配なのだろう。だからこそ、遅くならないうちに帰れと言っているのだろう。俺をだしにして。それはまぁいいがな。
「近くまででいいなら送るぞ? それに少しぐらいは身体を動かしたいしな」
そう言うと、リィンはどうしようかと少し悩み、頷いた。
送る途中、リィンがどうしても見せたい景色があると言い出し、そこに連れて行かれた。そこは本当に綺麗で、見入ってしまう。
「綺麗でしょ? 俺も先生も好きな場所です」
リィンがにこりと微笑む。それにどきりとしてしまう。これは、思った以上にリィンに惹かれているんだろうな。
俺はその想いを封じ込め、リィンを郷の近くまで送っていく。
律儀にお礼を言い戻っていった。
爺さんの口から出た名前から、リィンはユミルの領主と関係があるんだろうな。
「さてと、戻るか。だが、その前に──」
心配しているであろう同志に連絡を入れるべく、人が来ないであろう場所まで移動する。
相手はすぐに出てきた。
心配していたのだろう、素直に謝る。
『心配してたのよ、良かったわ、無事で』
「わりぃ……」
『それで、大丈夫なの?』
「まぁ、一応な……。あいつらが言ってたのはすぐになんとか出来たんだが、魔獣に囲まれてな……それで怪我して1週間ぐらいは熱出して寝込んでいた」
『そう……それで? それだけじゃないでしょう? 気になる子でもできたかしら?』
そう言われ、言葉に詰まる。
気になること言われ、真っ先に浮かぶのはリィンのこと。
『あら、本当に気になる子でもできたの? そう、安心したわ』
「何がだよ」
『あなたも人を好きになる感情があったっていうことが』
「……俺なんかが誰かを好きになる感情を持つなんて、そんな資格なんてねぇよ。だが、あいつのことになると……危険が及ぶ前に去ろうと言う気にさせる……なのにな、できねぇんだよ……去ろうとしたら、あいつの寂しそうな顔が浮かんで足が止まっちまうんだよ……くそっ」
今もリィンの顔が浮かぶ。
あの笑顔を守りたい。
『あいつらのことね。あいつら、あなたがなかなか帰ってこないから動き出そうとしているわよ。目を離さないようにするけど』
「あぁ、わりぃな……頼む」
通信を切り、頭を抱える。
あいつらが動き出そうとしている。それは予想できたことだ。
やはり、あいつらが完全に動き出す前にここから去るべきか。いや、あいつらのことだから、俺に関わったという時点で何かしでかす可能性は高いかもしれねぇ。
俺は、どうするのが一番なんだろうな。
サイト掲載日 [2015年12月30日]
© 2015 唯菜
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