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「よ、後輩くん」
きょろきょろと周りを見回し、慣れぬ様子で校内を歩いている黒髪の少年に声をかける。癖の強い黒髪が動きに合わせて揺れて。夕陽に透けて赤みを帯びた紫銀の双眸がこちらを向いて。
思わず笑みを刷く。
「えっと……?」
窺う様に見透かすように、その目を細める様を観察する。初対面だと思っている新入生側からすればよくある行動だろう。
声に滲む緊張と懐疑。それでいて、基本的な部分は無防備で気負いもない。
頭の回転自体は悪くない。が、判断力は甘い。
いくら同じ学園の制服を纏っていようと。敵か味方かなんて、それだけで測れるもんじゃないだろうに。
まぁ学生、しかも新入生にそれ以上を求めることも酷か。
「お勤めゴクロ―さん、調子の方はどうよ?」
探り合いや駆け引きは、どちらかといえば得意な方だ。こちらのペースに巻き込んでしまえばこちらの勝ち。
『先輩』という立場を利用して、当たり障りのない会話で言葉と内情を引き出していく。こちらの情報は極力小出しに。ARCUS試験運用という名目で集められたⅦ組の運用は、把握しておくに越したことはない。その裏に、どんな思惑が潜んでるんだか。
「まずはお近付きの印に、面白い手品を見せてやるよ」
名前を問うことすらはぐらかして、手を差し出す。音が聞こえそうな瞬きは、その豊かな睫毛のせいか。
微かな動揺すら、こちらにとっては好都合だ。
「んー、そうだな。ちょいと50ミラコインを貸してくれねえか?」
「え、ええ……」
少しは疑え、と。どんな純粋培養で育ったんだかと苦笑する。たかが50ミラといってもこの調子でほいほい騙されるような子供が、この国でこのクラスでどう生きるのか。
それを、見たいと思ってしまった。個人的な興味として。本分としては。ただの監視対象。それ以上の関係を持つ必要はないはず、だとわかっている。
わかっていても。
「そんじゃあ、よーく見とけよ」
そう笑えば、紫銀の視線が真っ直ぐにこちらに向く。素直に、何一つ、見逃すまいとするように。それが心地いい、と思ってしまったから。
自覚、してしまう。虚ろであるはずの、持ってなどなかったはずの、持つことも望むことすら許されるはずのない、欲を。
コインを弾く、慣れた感触。落ちてくるそれを狙い通りの場所へと落として。
「――さて問題」
口端で、笑みを噛み殺す。空の両手を、何かを握る様に閉じたまま。
「右手と左手、コインはどっちにある?」
憐れな後輩は、唐突な問いに瞠目したまま、一瞬固まっている。元々17にしては幼げな容貌は、その表情のせいでさらに子供っぽくどこか間が抜けていて。
だから。
「当てられたらいいものやるよ。その代り――外れたら罰ゲーム、な」
よほどひねくれた思考回路をしてれば、最初からコインがどこかを言い当てられただろう。そしてこの子供が、そういう歪み方はしていないだろうことは見ていればわかる。
その得物の太刀や、すんなりと伸ばされた背筋を思えば、どれだけ真っ直ぐなのか。
そしてそれがどこか脆さを孕んでいることも。
紫銀の双眸が、訝しげに眇められる。そりゃあそうだろう。見も知らぬ『先輩』に急にこんなことを聞かれて不審に思わないはずもない。
疑問に思えばいい。そうしてもっと、俺のことを考えていればいい。そうして無意識にまで、深く刻めばいい。
本来の目的のためだけならば、『お近づきの印』だけで十分だろう。それ以上欲をかけば。自分に自分の足元を救われかねない。
それでも。
「えっと、じゃあ――右」
どちらかといわれたから、とりあえずと答えた後輩に、笑う。提示されていない正解に辿りつけるほどには、捻くれてはいないんだろう。新入生としては当たり前のことなんだろうけれど。
「残念、はずれだ」
最初から空の右手を開いて、見せてやる。
「……参りました。動体視力には自信あったんですけど」
どこか困ったように笑いながら、素直に負けを認める後輩に、覚えるべきは憐憫なんだろうけれど。
「罰ゲーム決定、な」
こんなたちの悪い手品に引っかかった、お前が悪いんだ。見逃してやるつもりも、ない。
「あの、罰ゲームって一体何を」
「さぁて、ね。何をして遊ぼうか? リィン後輩」
笑みを刷いて、名前を口にする。
呼ばれた後輩くんは、訝しむ色を強く滲ませて睨み上げていた。何故名前を知っているのか不思議なんだろう。サラはオリエンテーションの準備で散々俺たちをこき使った割にそのことをⅦ組の生徒に言ってはいないわけだ。
まぁ、その方が色々と都合はいい、俺にとって。
後輩くんがわずかな逡巡の後、とにかくこの場を逃げようとする。
判断としては間違っちゃいないだろう。けれど――遅いんだよ、もう逃がしてやる気はない。
その腕を掴んで、引き寄せる。
捕まえた。もう、逃がしてなんか、やれない。
跳ねる癖のある、黒檀の髪にそっと触れてみる。見た目より柔らかなその感触が指を滑る。
こちらを睨み据える紫銀がわずかに揺らぐのを見遣れば。自分は、つくづくこの子供の想像の埒外に元々存在しているんだと思い知らされる。
「……っ」
梳き撫でて掻き上げ、露にした耳朶に舌を這わせれば、腕の中の体がひくりと跳ねた。この距離で、誤魔化されるはずもないと喉奥で笑う。
「――耳、弱いんだな」
抱き込んだ姿勢で耳朶を食んだまま、笑って訊ねればその吐息だけでも面白いようにびくびくと震える。
「……知り、ません……っ!」
僅かに赤みを帯び潤んだ眸で睨まれても。そこに威嚇の効果なんてありえない。
震えを隠せていない声も。
――ただの、こじつけた罰ゲーム。
ただからかって。そうして解放してやる、つもりだったのに。そんな自分に対する言い訳に、苦笑する。
手の内に捕えて、触れてしまえば。
「仕方ない、よなぁ」
もっと、と。望んでしまっても。それはしょうがないんじゃないだろうか。
我ながら、酷い『先輩』だと自覚はしている。罰ゲームだとかの冗談では、済まされない域だとわかってはいても。
燻る欲に唆されるままに。震える喉元を、舐めあげる。
「……っ、やめてください、先輩…っ」
「やめてほしい?」
耳元で囁けば、哀れな後輩は涙目でこくこくと頷く。その動きに合わせて跳ねた髪がふわふわと揺れるのを見て目を細める。
「じゃあ、やめたら何してくれるんだ? 後輩君は」
その涙が溢れて頬を伝って流れるのを。眦にキスして啜る。流れて地面に落ちることすら『もったいない』。
全部、食らいつくしてやりたい。
浅ましいそんな欲を、笑顔の下に隠して囁く。
「いいこと、してくれんの?」
再び耳朶に触れて囁けば、後輩の体からふっと力が抜けた。ずるりと崩れ落ちそうになる体を、支えてやる。
「……かわいいな」
男に耳舐められて腰が抜けるなんて、よほど感度がいいのか。こんな子供がよく無垢なままここまで育ったものだと、ユミルという土地柄に感心する。
「可愛くないですから……いい加減放して…っ」
「だから言っただろうが。放してほしいなら、対価を」
「対価っ……ってどこ触って……っ!」
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