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「ようこそ、アリス」
気に食わない声に、意識は無理矢理に引き上げられる。
心地よい微睡みは、強制的に終了したらしい。
閉じていたらしい目を開くことも癪だが。このまま、狸寝入りを決め込んだところで。状況が好転するとも思えない。
仕方なくーー本当に、どうしようもなく仕方がなく開いた視界に入ってきたのは、見知らぬ天井と、安酒のボトルが並ぶ棚。壁を飾る銃器と、申し訳程度に並べられた幾つかの帽子。
そして、俺を覗き込む橄欖石の双眸と、鮮やかな赤毛。
その容姿に、触りと頭の奥がざらついた気がした。
恐らくは。『嫌悪』が一番近い感情だろう。
見覚えは、ない。
けれど、どう足掻いても好きにはなれないだろうと確信できてしまう。
「まぁ、そう睨むなって。『アリス』」
ニヤニヤと、考えを読ませない笑みを浮かべて。
そうして、気づく。
「アリス?なんだそりゃ」
「お前のことだよ、『アリス』」
つ、と赤毛男が俺を指差す。
クッソムカつく。人を指差しちゃいけませんって親に躾けられなかったのかよ、こいつは。
「俺としてももう少し可愛げのあるアリスの方がいいんだけどな、仕方ないだろ、お前が『今回のアリス』なんだから」
「意味がわかんねぇよ。そもそも俺はアリスなんかじゃねえし」
「へぇ?ならお前、自分の名前言えるか?」
ニヤニヤ笑いを浮かべたままの赤毛に名乗ろうとして、愕然とする。
アリスなんかじゃない、俺の名前を答えようとして。
それが、まるで紅茶に溶かした砂糖のように消えて思い出せない事に気づかされる。
「思い出せねぇだろ?ここは夢の国。夢も名前も失った奴だけが呼ばれる場所」
「胡散臭ぇ」
「そう言うなって。現にお前は今、名前を持たない」
ムカつくが、頭の中身をひっくり返してもなに一つ、思い出せそうにないことは事実だ。
「この国はな、役割がないと存在できないんだ」
「……で?お前は俺に『アリス』という役をやらせたいのか?」
「理解が早くて助かるぜ」
「断る」
腕を組んで。目を細めて。赤毛を見やる。
「理由は?」
「他の適役を寄越せ」
役割がなければ存在できないことはわかった。ならば、端役でもいい。男の俺がアリスなんて巫山戯た役じゃなく、モブその一くらいのそういう役所ならばいくらでも枠を寄越せ。
そう告げれば、赤毛男は破顔した。
「そうくるか……残念だけど今空いてるのはアリスしかないぜ」
「もし役を持たなかったらどうなる?」
夢の国とやらに所属できなくても、それはそれでいいんじゃないかと問えば、赤毛男はニヤニヤ笑いを深くした。
「消えるよ」
「……どういう、意味だ?」
「そのままの意味。存在の消滅。相当に運が良ければ他の世界に転成なりなんなりで切るかもしれないけど俺はそういう例みたことないぜ?ま、お前がその第一例になる可能性もゼロとは言わねえが」
「限りなくゼロに近い、か」
そんな確率の低い賭けに乗るよりは。果てし無く不本意ながら、この赤毛男の言う『アリス』とやらを演じるほうがマシかと嘆息する。
「で、お前は『アリス』になにをさせたいんだ?」
既にうんざりとしながら訊ねれば。赤毛男は不意に、笑みを消した。
「『アリス』が『白兎』を殺せば、このゲームは終わる」
「白兎……?」
その名前に、頭の何処かが騒ついた。
この目の前の赤毛男を見たときと似た、感覚。
「何故お前が白兎を殺せと言うんだ……」
「あー、それは覚えてるんだ?」
唇が、弧を描く。
酷く質が悪いことだけは、わかるそれに。ざわつきが強くなる。
「心配いらねえよ。今回の『白兎』は、うちのじゃなくお前のために誂えた特別な『白兎』だからな」
「意味が、わからねぇな」
「『アリス』である『お前』が意味を知る必要はねぇんだよ」
ーー『白兎』を、殺せ。
サイト掲載日 [2014年6月7日]
© 2014 水瀬
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